絶交した友人と5年ぶりに和解した

2017/03/13 11:00 

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ひらめきの月曜日
 

絶交した友人と5年ぶりに和解した

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僕には仲直りしたい人がいる。正確に言うと「僕からは謝りたくないけど、仲直りしたい人」である。彼とはちょっとしたゴタゴタをきっかけに友人関係が途絶えてしまったのだが、やっかいなことにそのゴタゴタに関して僕に落ち度はないと考えている。自分は悪くない、でも仲直りしたい。矛盾しているかもしれない。しかし、人間とはそういうものだ。矛盾に折り合いをつけながら歩んでいくのが人生だ。

気づけば、あれから5年が経ってしまった。もういいかげん歩みよろうと思う。謝らないけど。
(榎並紀行)

「怒りのメール」から冷戦状態へ

「どっちも自分が正しいと思ってるよ、戦争なんてそんなもんだよ」

かつて、とある傑物がこんな名言を残した。名をドラえもんという。彼なら、もつれた糸も秘密道具で容易くほぐしてしまうことだろう。

だが、5年におよぶ冷戦の火種となった出来事に関してはこちらに非はなく、いくらドラえもんでも譲るつもりはない。世界から戦争がなくならないわけだ。

僕としては、彼から折れてくれば、いつでも抱きしめる準備はできていた。しかし、一向にその気配はなく、「さてはあいつ、仲直りする気ねえな」と薄々気づき始めた今日この頃である。このままではこの先も互いの人生は交わることなく、今生の別れとなる気配だ。

恋愛でもそうだが、惚れた側の負けなのだ。べつに彼に惚れているわけではないが、仲直りしたい、昔のように「笑笑」とか行きたい、という気持ちは強い。ならば僕から歩み寄るしかあるまい。謝らないけど。
前々回「ずっと根に持っている相手を見に行く」に続く、心のトラウマ掘り起こし第二弾
前々回「ずっと根に持っている相手を見に行く」に続く、心のトラウマ掘り起こし第二弾
ただ、当時のいざこざについて、一方的に語るのはフェアではないので僕の「言い分」は省く。状況だけを説明すると、「甲(筆者)」と「乙(相手)」は先輩・後輩の関係である。8年前、「甲」が勤める会社に「乙」が短期バイトとしてやってきた。フリーライター志望だが仕事がほとんどないという「乙」に「甲」は人や仕事を紹介し、「乙」がバイトを辞めたあとも、逆に「甲」が独立してフリーランスになったあともそれは続いた。ほどなく「トラブル」が起き、「甲」が「乙」に送りつけた怒りのメールを最後に音信不通に。現在へと至る。

……分かりやすくするため契約書風にまとめてみたが、かえってややこしくなってしまった。要するに、「トラブル」を発端に、先輩が大人げないメールを送って嫌われた話である。

ところ変わって、ここは都内の居酒屋。僕は今、「乙」ことKくんと対峙している。
「乙」ことKくん
「乙」ことKくん

再会までの道のり

いろいろとすっとばしたが、彼がなぜここにいるのか。順を追って説明しよう。

遡ること8カ月前の2016年7月、僕はFacebookを始めた。知り合いに友達申請したり、承認したり、「いいね!」を押したりしているうち、「知り合いかも」に懐かしい名前が度々表示されるようになった。Kくんだ。おお、そいつ友達。絶交中だけど。

気まずい相手をぐいぐいレコメンドしてくる無邪気なSNSに辟易としながら、しかし「知り合いかも」のリストから消すこともできずにずるずると時が過ぎた。
共通の友達は僕らが絶交中であることを知らない
共通の友達は僕らが絶交中であることを知らない
白状するが、彼と連絡が途絶えてからこれまで、度々名前を検索するなどしてその近況をつぶさにチェックしていた。彼がペンネームでこそこそ書いている記事もだいたい把握している。どうだ、気持ち悪いだろう!
インターネットで知るKくんのライターとしての活躍ぶりは嬉しくもあり、頼もしくもあり、少し寂しくもあった。しかし、その感情は概ね好意的なものだ。とうに怒りなど消え失せている。謝りたくないだけなのだ。

それはあくまで一方的なストーキング活動であり、彼はその一切を知る由もない。だが、僕がFacebookを始めたことで、潮目は変わった。きっとKくんの「知り合いかも」にも、彼にとって気まずい名前がレコメンドされているはずだ。どうしよう、友達リクエストを押してもよいものだろうか? もしかしたら、これは謝らずしてよりを戻す好機なのではないか? 僕がしれっと友達申請を送り、向こうもしれっと承認する。ソーシャル時代の和解とは、案外そんなカラっとしたものなのかもしれない。

だがしかし、そもそも向こうは和解を望んでいるのだろうか? 望まざる相手からの友達申請って、たしかソーシャルハラスメントって言うんじゃなかったっけ?

うだうだと考えているうちに、またも半年が経過してしまった。ようやく決心がついたのは、今年の2月。酔った勢いでリクエストボタンを押した。
送信してしまった…
送信してしまった…
……承認が下りたのは、それから約30時間後。「しれっと」承認はしてくれなかったが、ともあれ5年ぶりに僕らはつながったのだ。程なく、Kくんからメッセンジャーが届いた。
いきなり謝られた
いきなり謝られた
ここで、「こっちも大人げなかったよワハハ」とか謝ってしまえば和解が成立するのだろうか。すごい! 簡単だ、和解。

和解はいかが?

というわけで、みなさんも気軽に和解してみてはいかがでしょうか?

いや、だめだろう

いや、こんなことでは終われない。5年という歳月は、音信不通の期間としてはそれなりに重いものだ。メッセンジャーのやりとりだけでその空白を一気に埋めてしまうのは何となく納得できず、Kくんに対しても失礼な気がした。彼だって、こうして謝罪しているものの、僕に対して言いたいこともあるだろう。当時、僕はKくんの言い分を十分に聞いてやっただろうか? 一方的に怒りのメールをよこした僕に対し、彼のほうこそ失望していたのではないか? 気を抜くと、うっかり謝罪しそうになる。

これはもう、直接会うしかなさそうだ。

とりあえず、いくつかのメッセージをやりとりしたあと、食事に行く約束をとりつけた。メッセンジャーでお手軽に彼の気持ちを知るのが嫌だったので、なるべく余計な質問をせず事を運んだ。

そして、居酒屋に至る、というわけだ。
まずは来てくれてありがとう
まずは来てくれてありがとう
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@nifty

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