文字数14000字! 手書き毛筆フォントができるまで

2015/11/19 11:00 

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ロマンの木曜日
 

文字数14000字! 手書き毛筆フォントができるまで

書家・青柳衡山先生(右)と、お父様の青柳疎石先生(中央)
書家・青柳衡山先生(右)と、お父様の青柳疎石先生(中央)
数あるフォントの中でも個性的なものが多い「手書きフォント」。「手書き」というからには、それを手で書いた人が必ずいる。どんな人が、どんな風に書いているのだろう。

今回は、フリーフォント界でとりわけ有名な「衡山毛筆フォント」の書き手・青柳衡山(あおやぎこうざん)先生に話を伺った。
(斎藤公輔)

衡山毛筆フォントって?

衡山毛筆フォントは、青柳衡山先生が制作された、著作権フリーの手書き毛筆フォントである。現在、「衡山毛筆フォント」のほか、行書体や草書体など、全5種類がリリースされている。(ダウンロードページ

このフォントのすごさは、なんといってもその美しい筆遣いにある。
力強いハネやハライ、そして墨汁のかすれに至るまで、「毛筆」を完全に再現している(衡山毛筆フォント行書)
力強いハネやハライ、そして墨汁のかすれに至るまで、「毛筆」を完全に再現している(衡山毛筆フォント行書)
一般的な毛筆フォントは、一字一字が整ったデザインになっており、一目で「フォント」と分かるものがほとんど。しかし衡山毛筆フォントは、一見するとフォントとは思えない素朴さや生々しさがあり、まさに手書きの風合いだ。何を書いてもそれっぽく見えるので、いつまでもフォントで遊んでいられる。

フォントの生みの親を訪ねて

今回このフォントが気になったのは、私が「Web書道」(http://web書道.com)というウェブアプリを作ったのがきっかけである。アプリ内で「衡山毛筆フォント行書」を使っているうちに、迫力のある手書きフォントの魅力にすっかり取り憑かれてしまった。

この文字を書いた方にぜひ会ってみたい! そう思った私は、一路フォントの生みの親のもとへと向かった。
話を伺った、フォントの制作者である書家・青柳衡山先生
話を伺った、フォントの制作者である書家・青柳衡山先生
普段は書道教室を開いている衡山先生。アナログな書道と、デジタルなフォントがどのように結び付くのか、その辺も気になるところである。

――そもそも、なぜ自身の文字をフォントにしようと思ったのですか?
「もう何十年も前、MS-DOSの時代から、フォントを作りたいとずっと思ってたんです。自分の書いた文字がモニタに表示されたら絶対に楽しい! という、ただの好奇心ですね。それで10年ほど前、フォントが作れるソフトを見つけたのがきっかけで、作ってみることにしました」

営利目的では一切なく、あくまで「楽しいから」という理由でフォントを作ったのだという。ものすごく純粋な動機だ。

――フォント作りはお一人でやられてるんですか?
「はい。一人ですね。文字を書いて、最終的にフォントにするまで全部一人です」

その驚くべき制作過程を聞く前に、フォント作りがどれくらい大変かをおさらいしておきたい。

収録文字数なんと14000字!

手書きフォントと聞いてまず気になるのは、その文字数だろう。

――フォントに含まれる文字数はどれくらいなのでしょうか
「一番文字数が多いのは『衡山毛筆フォント』で、約14000字です。Unicode(世界中の文字が定義されている文字コード)を順番に見ていって、日本で使う文字を抜けなく全て書きました。もちろん漢字も、中国の簡体字のようなものは除いて全部です」
どんな質問にも笑顔でさらっと答えてくれる衡山先生
どんな質問にも笑顔でさらっと答えてくれる衡山先生
14000字! 一般的には、ほとんどの用途をまかなえる文字として、JIS第一水準と呼ばれる約3000字、その上のJIS第二水準の約3000字までを収録しているフォントが多い。それだけでも、複数人のチームで、何年もかけて作るだけの作業量である。

Unicodeを上から順番とは、私なら気が遠くなって挫けてしまいそうだ。しかも手書きしたあと、スキャンしてフォント化して……という作業が待ち構えているわけで、並の情熱では務まらない。

――それだけ文字があると、今まで見たこともない漢字も多くあったと思います。初めての字を書くのは難しくなかったですか
「そんなこともないですね。全ての文字が練習なしの一発書きで、書き直しは一切していません。書き損じが4、5文字あったくらいで、それ以外は全て一発です」

何ともすごい話を聞いてしまった。さすがは文字を書くプロ、書道家の匠の技と言えるだろう。

フォント会社の人も見学に来たという、驚きのフォント制作法

――フォントの元になる文字は、どんな風に書かれたのでしょうか
「コピー用紙に枠を印刷して、そこに一文字ずつ書いていきました。枠は小さくて、だいたい一辺3cmくらいですね」
制作当初に使っていたという紙がこちら。本当にただのA4コピー用紙だ(後に、右にある青枠の用紙に変更)
制作当初に使っていたという紙がこちら。本当にただのA4コピー用紙だ(後に、右にある青枠の用紙に変更)
――こんなに小さい文字だったんですか! てっきり半紙に大きく書いた文字だと思ってました……
「半紙だとスキャンしたときにゴミが写るので、コピー用紙がいいんです。これをスキャナで撮って、一字ずつ切抜いてフォントにしています」
どんな風にフォント用の文字を書くのか、実際の様子を見せてもらった
どんな風にフォント用の文字を書くのか、実際の様子を見せてもらった
淀みなく、一字一字が瞬く間に仕上がっていく。小筆で書いたとは思えない迫力があって、圧倒されてしまった
しかもこうして書いた文字は、全く加工せず、スキャンしたそのままの形でフォント化しているという。

「スキャナも最初はなかったので、その頃はデジカメで一文字ずつ撮影していました」

フォント制作というと、一文字ずつ細かく微調整しながら仕上げていくイメージがあったので、本当に「一発」で作っていると聞いて驚いた。
きっとこの作り方が、フォントに独特の迫力を持たせているのだろう。

ちなみに14000字ある「衡山毛筆フォント」は、最初から最後まで先生お一人で、わずか半年のうちに完成させたとのこと。すごい……!
パソコンの中には、フォントになる前の大量の文字画像が
パソコンの中には、フォントになる前の大量の文字画像が

毛筆をフォントにする難しさ

と、ここまでスムーズに進んだかに見えるフォント化の作業。
しかし通常のフォントと違い、手書きの毛筆ならではの困難もあったという。それが「左右のアンバランスさ」である。
はらいが右に大きく伸びて、枠にかかっているのが分かるだろう。左右対称に近い一般的なフォントとは、文字のバランスが異なる
はらいが右に大きく伸びて、枠にかかっているのが分かるだろう。左右対称に近い一般的なフォントとは、文字のバランスが異なる
このように枠外にはみ出た部分まで含めないといけないので、どうしても文字のサイズを小さくする必要がある。

――なるほど、言われてみれば。
「このせいで、文字が小さくて見にくいという意見はよくもらいます。でもそこを変えてしまったら、書道じゃなくなってしまうんですね」

書道らしさを残しつつ、フォントとしての見栄えを追及する姿勢は、文字そのものにも表れていた。

「上手すぎても下手すぎてもダメだろうし、どれくらいのレベルで書いたら受けるかというのを考えて、普段は使わない書体で書いてます。少しふざけて書かないと、文字を並べたときに整いすぎて、看板の文字みたいになってしまう」

実際どんな風に書かれるのか、「定礎」という文字で見せて頂いた。
まずは普通の書き方から。
「定礎」を書く衡山先生。プロの書道を間近で見る機会はあんまりないので、思わず「おー」と声が上がりそうになる
そしてこちらがフォント用の文字。独特の書き方によって、線の強弱がより際だって見える
こうした小さな工夫の積み重ねで、魅力的なフォントが制作されていたのだ。

街中にあふれる衡山毛筆フォント

「街を歩いていると、看板に僕の字が使われてるのを見つけるのは、しょっちゅうですね」

著作権フリー・改変自由ということもあり、商品のラベルやテレビ番組のテロップ、お店の看板、メニュー、のし紙から年賀状のテンプレートにいたるまで、自作の毛筆フォントと出会った例は数えきれないほどだという。
衡山毛筆フォントは、知らず知らずのうちに我々の日常生活に溶け込んでいるのだ。

……しかし「街中でふいに自分の文字と出会う」というのは、普通の人にはまず一生できない経験であろう。

「全国チェーンのたい焼き屋で普通に買い物をしていたら、そこで使ってる軽トラックに書かれた文字が全部僕の字だったということもありました。さすがにそれはビックリして、店員さんに、『これ僕の字です』と思わず言ってしまいました(笑)」
フォント作りが本当に楽しくてたまらないといった様子で話してくれる先生。聞いているこっちも楽しくなってくる
フォント作りが本当に楽しくてたまらないといった様子で話してくれる先生。聞いているこっちも楽しくなってくる

書道の今後について?

最後に、こんな質問をしてみた。

――先生は完成したフォントを使ったりするのでしょうか
「一切しないです。フォントを使うより、書いた方が早いですから」

とにかく作るのが楽しくて作ったものの、自分では特に使い道がないという……。しかもこんな話も。

「日本中で毛筆フォントが使えるようになったら、みんな書道しなくなるんですね。毛筆フォントがなかった方が、書道人口が増えたかも分かりません」

書道を楽しんでもらうためのフォントが、逆に書道の機会を減らしているという自己矛盾。

特にこれからのシーズン、年賀状や書き初めで書道にふれる機会は増えるだろう。しかし私も含め、毛筆フォントを使って年賀状を書くという人は多そうだ。
もちろんオール手書きで年賀状を書かれるという先生は、この話題のとき少し寂しげな表情をのぞかせていた。

フォントもいいけど、久しぶりに筆を持って書道をやってみたいなあと、そんなことを思ったインタビューであった。
衡山毛筆フォント
ダウンロードページ

先生はウェブサイトの更新や、YouTubeへの動画アップをご自身で頻繁に行っている。

――お弟子さんはネットでお手本が見られて便利ですね
「いや誰も見てないですよ。うちの教室に来る方の平均年齢は70を超えてますからね。動画も、どうやったらうまく撮れるか工夫して、私が好きでやってるだけです」

この日の取材で印象的だったのは、先生の「面白いこと・好きなことには妥協しない」という熱いエネルギーと、完成したフォントを無償で公開するような懐の広さである。
どこまでも好奇心のままに突き進むその姿勢……私も見習っていきたい。
郵便受けにも書道
郵便受けにも書道

取材協力

青二書道教室
大阪府吹田市岸部南1-25-7-305
http://www7a.biglobe.ne.jp/~kouzan/
  

 
@nifty

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