東京パラ:ホテル利用しやすく 64年の金メダリスト

2018/01/12 20:14 

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 1964年東京パラリンピックの車いす陸上で二つの金メダルを獲得したキャズ・ウォルトンさん(70)=英国=が12日、毎日新聞のインタビューに応じた。英国パラリンピック委員会(BPA)の一員として来日したウォルトンさんは2020年東京パラリンピックに向け、「自国の選手の好成績を期待するだけでなく、高次元で行われる競技を楽しんでほしい」と語り、東京大会の課題でもある宿泊施設のアクセシビリティー(利用しやすさ)についても注文を付けた。

 ◇他国選手にも応援を

 生まれつきの脊髄(せきずい)の障害で車いす生活を余儀なくされたウォルトンさんはパラリンピックで88年ソウル大会までに陸上、車いすフェンシングなどで計10個の金メダルを獲得。現在はBPAで障害のクラス分け委員として活動しており、今回、英国代表のキャンプ地視察のために来日した。64年以来54年ぶりに訪れた日本の印象を「高層ビルが建ち並び街の風景は一変したが、人々の親しみやすさは変わらない」と笑みを浮かべた。

 BPAからは作業療法士も来日し、各施設の過ごしやすさを確認している。ウォルトンさんは「公共交通機関には障害者用のトイレもあって不便ではないが、例えばホテルでは車いすでも直接浴室に入れるようにしたり、専用のステップを備え付けたりするなど工夫すべきところはある」と提案した。

 国内におけるホテルのアクセシビリティーは国際パラリンピック委員会(IPC)が「国際基準に合致しない」と指摘した経緯もあり、改善の余地が改めて示された。【岩壁峻】

 ◇健常者の意識に変化

 ウォルトンさんとの主なやりとりは、次の通り。

 −−2012年ロンドン・パラリンピックはBPAの職員として自国開催の祭典を支えた。

 ◆ロンドン大会は多くの試合会場が満員になったこともあり、テレビ放映も盛んで、成功例として取り上げられる。障害者アスリートが好奇の目にさらされることなく、競技者としてとらえられるようになって健常者の意識に変化をもたらしたと思う。

 −−陸上、フェンシング、卓球、水泳の4競技でメダルを獲得した。

 ◆当時は競争の側面が現在と比べれば少なく、競技の水準も低かったと思う。(障害者スポーツの)財政基盤も十分ではなく、少なくとも2〜3の競技をこなさないと、遠征費は出なかった。そのような状況は1980年まで続いたが、私の野望としては、どんどんメダルを増やしたかった。その中でも、17歳で出場した64年東京大会は初めて国外に出た機会で、強く印象に残っている。

 −−英国は障害者スポーツ先進国という印象を持つが、今後の課題は。

 ◆健常のアスリートと同様の医療支援が得られるようになっており、選手の競技適性を見極めるシステムも発達した。競技で収入を得る選手も増えているが、重圧も大きくなっている。けがをしたり不振になったりすれば苦しい状況に置かれる可能性もあるので、BPAでは心理的なサポートも行っている。

 −−近年では日本国内でも障害者スポーツの競技性が高まり、結果も求められるようになっている。

 ◆豊かな国ではパラスポーツに求められるものも多くなり、その弊害もあると思う。結果がふるわなければ、批判的に報道をされることにもなる。選手たちはショックを受けるだろうが、そうあるべきだろう。健常者と平等の扱い方をされるには必要な過程だ。

毎日新聞

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