井浦新、阪神淡路大震災描くドラマで抱いた覚悟「全部受け止める」

2019/01/13 07:00 

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『カンテレ開局60周年特別ドラマ BRIDGE はじまりは1995.1.17神戸』に主演する井浦新 (C)ORICON NewS inc.

 1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災。線路ごと崩落したJR六甲道駅高架橋を“ジャッキアップ”という特別な工法を使い、わずか74日間で復旧させた人々の実話をもとに描いた『カンテレ開局60周年特別ドラマ BRIDGE はじまりは1995.1.17神戸』が15日午後9時からカンテレ・フジテレビ系で放送される。強いリーダーシップで工事をけん引した建設会社磐巻組(いわまきぐみ)の所長・高倉昭を演じた俳優・井浦新は、ORICON NEWSのインタビューで、このドラマにかける特別な想いを明かしてくれた。

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■抜け落ちていた阪神淡路大震災の記憶「もう一度学ばせていただける」

 東京出身の井浦は当時まだ20歳。「全く阪神淡路大震災の余波を感じないまま過ごしました。当時の僕は未熟で、映像を観てショックを受けることはあっても何か行動することはなかった。自分のなかで平成で起きた様々な震災のなかで、阪神淡路大震災だけがすっぽりと抜け落ちていた」と振り返る。

 「この作品をやることで、もう一度ちゃんと何が起きたのか、そこでどんな人々がどんな思いで過ごしたのか、乗り越えてきたのかをもう一度学ばさせていただけるいい機会をいただけたと思いました。とにかく全身でちゃんとこの作品自体を受け止めて挑戦をさせてもらうのは、大きな喜びでした」と改めて向き合った。

 その上で持った覚悟は「仕事をいただいたからやります、というのとはまた一つ違ったステージ」だった。「とにかく丁寧に、常にどのシーンでも最大値でしっかり演じ続ける。それを一生懸命演じたとしても、当事者の方の心を癒やすなんてことは恐れ多くて言えない。嫌なことだって思い起こすかもしれない。それでも作るということを選んだのなら、自分は何を言われたとしても全部受け止めるくらいの気持ちを持って誠心誠意、いただいた役をやり通すことしかできない」。

 実際に六甲道駅を74日間で復旧させた工事を指揮した奥村組の岡本啓氏(当時)との対面には、勇気づけられた。「演じる上でのバトンをわたしてもらったような気がしています。岡本さんがどのような気持ちで復旧させていったのか、なにを信じて毎日現場に立っていたのかを知りました。ご本人の気持ちを知った以上は、いかにその心と芝居を近づけられるかは僕しかできないことなので、そこに集中しました」と自らを奮い立たせた。

■モデルとなった岡本啓氏との対面で感じ取ったリーダーシップと使命感

 岡本氏の言葉から受け取ったのは、高倉の人間性を浮かび上がらせるヒント。「いろいろな角度から質問を投げかけたんですけど、岡本さんから返ってくる言葉は『六甲道をどうするか』という話ばかりでした。僕は震災直後の現場に居合わせていないので、そこで岡本さんが見た景色について聞いても『悲しい』『つらい』という言葉は一切返ってこない。ここを直すためにはどんな技術をもってやればいいとか、そういう言葉が返ってくるんです。本当に現場の方なのだと思いました。悲しみや苦しみで止まっていられない。苦しんでいる人たちの日常を一秒でも早く取り戻すために、自分というものを明確に持ってらっしゃった」。

 「『そういう男なのか高倉は』と思いました。僕だと他のことをイメージしすぎてしまう。道に倒れている人がたくさんいるなかで、その一人ひとりの顔を見て、そこに気持ちが囚われてしまいかねなかった。だけど、岡本さんは苦しみや悲しみに襲われても、止まってはいけないという強い使命感を持っていた。岡本さんのたくましい精神力や使命感に触れ、高倉を演じる上では、『六甲道を直す』ということのみに情熱を傾けていればいいんだと」とイメージを掴んだ。

 そんな強い使命感ともう一つ。「最後に『とにかくこういった現場でみんなを引っ張っていかなければいけない立場は、嫌なことやつらいこと、大変なことがあっても心を鬼にしてでも、やるべきことをブレずに強いリーダーシップが必要だ』と」。“リーダーシップ”は高倉を演じる上での大きな鍵となり、「高倉を『強いリーダーシップを持って演じきってほしい』という、言葉に重みを感じました。すでに撮影は何日か始まっていましたが、リーダーシップを意識するようになったのは岡本さんと話してからです。使命感とリーダーシップの2つを丁寧に表現することは意識していました」。

■「当たり前の風景が輝いて見えた」現在の神戸で感じたもの

 今では日常を取り戻している六甲道駅。実際、撮影の前後に訪れた井浦の目には全く違った光景に映った。撮影前には「普通に生活している人たちがいて、物語に出てくるのはここか、といった確認しかできなかった」。撮影が進み、崩れた状態から復旧した後の六甲道駅の前でのシーンのときには「子供たちが走り回って、会社員や学生たちが当たり前のように使っている駅を改めて見た時、当たり前の風景が輝いて見えた。当たり前がこんなにもすごいことなのかと、ようやく当たり前がすごいことなんだと感じることができました」と噛み締めた。

 “当たり前が輝いて見える”。劇中では止まっていた水道が通って水が出ることに人々が喜ぶ場面もあった。このドラマでは、改めて当たり前が当たり前でないことを伝えてくれる。井浦は「震災でも水害でもどんな自然災害は大きな悲しみや苦しみを運ぶ。人間の当たり前の日常は簡単に壊されてしまうけど、もがき苦しみ、這いつくばっても前進できる生き物で、どんなにつらいことがあっても必ず立ち止まったままではなく、街や生活だけでなく人間の心も傷は残っても復旧されていくんだなと、そういった生命感を災害が起きた時に強く感じさせる物語」だと力を込める。

 「被災地を訪れると感じることは、被災者の方も大変な状況のなか、実は泣いているだけではなかったり、お互いを癒やし合い励まし合うこともある。逆に外から行った者が励まされたりもする。そういう生命感を強く感じる。この物語でも駅の復旧作業にあたる人々の他にも、六甲道駅の周囲に住む被災者のみなさんの生命感が強く描かれている。高倉もその人たちの生き抜こうとする姿を感じて、使命感が増して勇気付けられたのでは。人間ってそんなに弱い存在じゃないんだなと思いました」。ドラマで描かれているのは震災が奪うもの、壊すものだけではない。そこに芽生えた人々の絆やぬくもり、生き抜く強さを感じられる作品となっている。
ORICON NEWS

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