<毎日農業記録賞×聞く>起こるべくして起きた「米不足」 国内需要しかみない国の愚策

2025/03/13 11:00 

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 この「騒動」を構造的問題の具現化として、厳しい見方をする声も少なくない。自由化論の重鎮、宮城大名誉教授の大泉一貫さんは、農政の大転換を説く。【聞き手・三枝泰一】

 ◇シリーズ「令和のコメ騒動」4

 ――かなり厳しい見方をしておられますね。

 ◆起こるべくして起きたというべきです。日本の農政は、米価を維持するために生産量を意図的に減らしてきました。減反政策自体は2018年度に廃止されましたが、「生産の目安」の提示に形を変え、転作補助金ともあいまって、その実態は変わっていません。いわば「縮小均衡」であり、需給管理を非常にタイトにしているので、気候変動で生産量自体が減ったり、業務用の需要が増えたりするなど予期せぬ事態が生じると、均衡はたちまち崩れます。

 今回の事態では、年明け後も市場に出回っていないとされる約20万トンの在庫を問題視する声を聞きますが、私は、24年6月末時点での民間在庫が前年より40万トン少なかった事実に着目します。すべてはこの見込み違いから始まっています。今のシステム全体が立ち行かなくなったきっかけとなっています。

 さらに言えば、国内需要しか見ない今の農政は、人口減少社会に向けた将来ビジョンを国際環境との関係で描くような視点を持ち合わせていません。このままでは、日本の人口減に比例して生産と需要の両方が縮んでいくでしょう。

 ――国際環境に視野を広げろと?

 ◆国内市場だけを見て需給を考えるのは、ある意味、異常です。成長を目指すには、規模の拡大と技術革新によるコスト削減と増産を図り、輸出を拡大させることだと言い続けてきましたが、ここに「国際貢献」の視点を盛り込みたい。

 世界全体のコメの輸出量は生産量の8%ほどで、他の穀物と比べ極めて出回りの薄い市場です。輸出国の多くは「余ったら出す」というスタンスで不安定さは否めず、アフリカ地域など輸入国の政情不安にもつながりかねません。輸出世界シェア1位のインドが23年に輸出規制に転じたことは記憶に新しい。日本が恒常的なコメの輸出国として登場すれば、市場の安定と食料不足に悩む途上国への貢献につながります。

 ――恒常的な輸出国になる生産基盤はあるのでしょうか。輸出が行き詰まった場合は政府備蓄に回り、財政への影響を懸念する声も聞きます。

 ◆ですから、農政を転換するのです。減反が始まる前の日本のコメの単位収量は世界第3位でしたが、現在は16位に低迷している。昭和30年代には10アール当たり1トンの収量を上げる農家もいましたが、現在の全国平均は540キロです。減反補助金で価格を維持する一方で、生産性が低下し、生産量を約4割も減らしました。ここは生産性向上、増産という本来の形に農政を戻せばよいのです。

 水田というインフラが残っている限り、反転の道はあります。現在利用されていない状態の水田でコメの作付けを復活させれば、供給量は最大で年約1300万トン規模にはなる。国内消費は約700万トンなので、供給過剰になる600万トンを輸出に向け、有事の際は国内用に戻す。日本のコメ輸出は伸びていないという指摘がありますが、これは縮小均衡農政の下、主食米にならない転作用のコメを輸出しているからです。仮に海外市場の変動で輸出し切れないコメが国内に残ったとしても、生産調整に費やしている年間約3500億円規模の予算のほんの一部を回せばすむ話です。それでもしコスト割れするとしたら、生産者への所得補償である直接支払い制度を考えたらいい。生産者の意欲につながります。

 ――経営規模の拡大も必要になる。

 ◆私の試算では、全国のコメの6割弱は、全稲作農家のわずか4%でしかない約2万3000戸が栽培しています。この4%の中には、栽培面積100ヘクタール規模の大規模農家も多く存在します。5万戸規模に増えれば、他の96%の農家が担っている残り4割の生産も賄えるようになります。

 ――農家の淘汰(とうた)が進みます。

 ◆淘汰されるべきは政策です。

 例えば、減反による価格政策とともに、農政が進めてきたものに「集落営農」というのがあります。「集落」を単位に複数の農家が共同で生産に取り組む形を指しますが、高齢化と担い手不足の影響で、現場では立ち行かなくなりつつあります。先にお話しした「96%」の農家の多くがここに含まれます。

 一方、「4%」の方の農家の多くは、マネジャーとしての力量を持っています。栽培、営業、交渉など業務ごとに専業者を配し、組織体を動かす能力があります。これが決定的な違いです。集荷も卸も小売りも、他の業者は皆、仕事をマネジメントとしてとらえています。少数の大規模農家も稲作や農業をビジネスとしてとらえています。

 中小規模の農家は、これら経営体の「パートナー」になる形で営農を続けられると考えています。大規模農家は、稲作と同時に多種多様の野菜や果実、さらに畜産などもやろうとするものです。加わるチャンネルはたくさんあります。

 農政のカジを生産性向上による規模拡大に大きく切り替えれば、コメを巡るほとんどの課題は解決に向かって動き出します。

 ――「フードバリューチェーン」の考え方を提唱されています。

 ◆農産物の生産から流通、加工、販売、消費に至る過程で生まれる価値のつながりを示す概念です。ここでは、生産、集荷、卸、加工、販売の関係は、「元請け」「下請け」のような「上・下」ではなく、同じ「食」の価値をつくり出すパートナーの関係になります。言葉は悪いですが、農業ではとかく「下」に見られがちだった生産者も、「対等」な立場でつながります。そして大切なことは、消費者との関係も、「食と農」の価値観を共有するパートナーになるということです。

 先にお話ししましたが、このパートナーシップを実のあるものにするには、生産者自身がマネジメント能力を体得することが必要です。

 ◇おおいずみ・かずぬき

 1949年、宮城県生まれ。74年、東京大大学院農学系研究科修士課程修了。宮城大教授、同副学長などを歴任し、2014年に同大退官。専門は農業経済学。著書に「ニッポンのコメ」「日本の農業は成長産業に変えられる」「希望の日本農業論」「フードバリューチエーンが変える日本農業」など。  

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