伊藤達彦が初の五輪代表 「体と対話」で急成長 陸上男子1万m

2021/05/03 20:53 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 東京オリンピック代表選考会を兼ねた陸上の日本選手権男子1万メートルが3日、静岡県袋井市の静岡スタジアムであり、伊藤達彦(Honda)が27分33秒38で初優勝し、初の五輪代表に決まった。2020年12月の日本選手権で東京五輪参加標準記録(27分28秒00)を突破する日本歴代2位の27分25秒73をマークしており、今大会で3位以内に入ることが代表の条件だった。

 伊藤は今年初めに故障して2カ月以上も走れない時期があった。一時は五輪代表を諦めかけたというが、日本歴代2位の好記録を持つ実力を発揮し、五輪切符を手にした。地元静岡の歓声に応え、「無理かなと思っていたが、みなさんのおかげ。本当に感謝している」と笑みを浮かべた。

 他選手が五輪参加標準を狙ってペースを上げて失速するのをよそに、冷静に先頭集団でスタミナを温存した。3番手につけて残り2周。そのまま順位をキープしても五輪代表の条件を満たす可能性が高かったが、「優勝しか狙っていなかった」と切れ味鋭いスパートで一気にトップへ。文句なしのレース内容だった。

 伊藤は静岡県出身の23歳。東京国際大では19年7月のユニバーシアードのハーフマラソンで銅メダルを獲得。20年には箱根駅伝の「花の2区」で区間2位に入るなど活躍した。20年春にHondaへ入社。20年12月の日本選手権1万メートルでは、優勝した相沢晃(旭化成)に次いで2位となった。

 大学に入った頃は、卒業後に実業団で陸上を続けるか迷っていたという。大学3年時の日本学生ハーフマラソンで3位に入り、ユニバーシアード代表となったことで自信を手にした。「頑張ればトップを目指せる」と競技への意欲が増した。

 Hondaでは、練習内容を自分で組み立てる部分が増え、「体と対話できるようになった」という。筋力トレーニングにも積極的に取り組んで急成長した。

 初出場した今年元日のニューイヤー駅伝でエース区間の4区を任されたが、レース途中に両大腿(だいたい)骨の疲労骨折と右太もも裏の肉離れに見舞われた。1カ月で治る見込みだったが回復が遅れ、「すごく焦った」と振り返る。

 それでも、トレーナーの懸命の治療に加え、恩師の大志田秀次・東京国際大監督からの「五輪に行けるよ」という言葉に救われた。「諦めてはいけない」と強い心で地道な鍛錬を続け、大一番に間に合わせた。

 五輪では同学年でライバル視する相沢と再び競い合う。「絶対に相沢選手だけには負けたくない気持ちで走る」と決意を見せた。【小林悠太】

毎日新聞

スポーツ

スポーツ一覧>