万博会場から帰れなかったあの夜 「パーティー」として楽しんだわけ

2025/10/06 07:00 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 13日に閉幕する大阪・関西万博では、スタッフやボランティアたちが参加し、貴重な体験を通じて、気付きや学びを得た。

 8月13日夜に地下鉄のトラブルが起き、1万人以上が会場一帯で夜を明かした。ポルトガルパビリオンでは、ギャラリーを休憩用に開放して、ビールやソフトドリンクを販売した。

 主催者の日本国際博覧会協会(万博協会)の指示や依頼ではなく、スタッフたちが自発的に動いた結果だった。その経緯などを、マシャ・バンジュルさん(30)が語った。

 大阪・関西万博のポルトガルパビリオンで、スーパーバイザーとして働きました。36人いるアテンダント(接客)スタッフのローテーションを伝えたり、運営の問題点を聞き取ったりする役割を担いました。

 この半年間は、たくさんの楽しいイベントがありましたが、大雨や「7月に大災難が起きる」といううわさも広がりました。まずはお客さんやスタッフの安全を一番大事に考え、行動しました。

 ◇「パビリオンでビールを売ったら?」

 8月13日夜には、地下鉄が止まり、多くの人が帰れなくなりました。私も午後9時すぎ、仕事が終わって、同僚と出口に向かっていました。40分間ほど人の列が動かなかったので、パビリオンに引き返しました。友達が「車で迎えに行くよ」と言ってくれましたが、「何か手伝えることがあるかもしれない」と思い、とどまりました。

 オフィスやレストランのスタッフが10人くらい残っていて、「ビールを売ったらどうかな」という意見が出て「やってみようか」という流れになりました。交流サイト(SNS)を見ると、韓国パビリオンでジュースを渡したり、ドイツパビリオンでキャンディーをプレゼントしたりしているという情報がありました。

 多くの自動販売機で飲み物が売り切れていて、お客さんたちは飲み物や休める場所を探していました。私たちが「ポルトガルパビリオンでビールを売っています」と叫ぶと、「本当?」「行こう」と、すごい行列ができました。ワインやソフトドリンクは売り切れました。

 レストラン内では、子連れの人たちが休憩できるようにしました。また、ギャラリーも開放しました。疲れた様子の人、いつ帰れるかと不安そうな人がいましたが、ほっとした表情になりました。

 ◇リラックスして楽しむ

 万博協会からパビリオンに指示があったわけではありません。自分たちで行動に移したのは、南欧の人たちらしい発想かもしれません。会場から出られないなら「パーティーをしよう」という感じで。欧州っぽい雰囲気を出すためにポルトガルの音楽を流すと、みんなが踊り出し、米国パビリオンのスタッフもやってきて、小さな祭りのようになりました。お客さんの雰囲気も良くなって、私もワクワクしました。

 14日午前5時ごろまで対応して、お客さんたちが「開けてくれて、本当にありがとうございました」と声をかけてくれました。

 こういう状況は、多くの人が体験できないことだと思って、リラックスして楽しむのがよいかと思います。

 ◇本音の大阪が好き

 日本のアニメやアイドルが好きで、15歳から日本語の勉強を続けてきました。2019年に初めて日本に来て、東京を観光しました。本当は移住したかったのですが、新型コロナウイルスの感染拡大で諦めました。

 24年には大阪に滞在しました。大阪の方が食べ物がおいしくて、「本音と建前」がないので、好きですね。就職活動をしたのですが、観光ビザしかなかったので、仕事はできませんでした。それでも、大阪で出会った日本人の友達が「あなたはとても元気でやる気があるから、この仕事が向いている」と、万博の仕事を紹介してくれました。「日本にいながら世界中の人に出会えるチャンス」と思い、特定活動ビザを取得して、働くことを決めました。

 この半年間は、良いことも悪いことも、何が起きても楽しかったです。仲の良いスタッフたちに出会え、世界とのつながりもできました。この経験を通じて自信がつきました。将来は大阪で働きたいです。【聞き手・面川美栄】

 ◇マシャ・バンジュル

 セルビア出身。15歳から語学学校で日本語を習い、大学では日本の文化や文学を専攻した。2020年から約5年間、セルビアの新聞社で写真記者として勤務した。

毎日新聞

社会

社会一覧>