「遺族に返すまで」海底に放置の183人 遺骨収容にかける思い
第二次世界大戦中の1942年の水没事故で日本人と朝鮮人の労働者計183人が亡くなった山口県宇部市の海底炭鉱「長生(ちょうせい)炭鉱」。海の中に残されたままの遺骨の収容に向け、市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」は10月末に実施した潜水調査に続き、来年1月末から改めて坑内を調査する予定だ。来年は戦後80年。戦争の傷痕を見て育った刻む会の井上洋子共同代表(74)は「遺骨を残したままでは遺族にとっての戦争は終わらない」と語る。
沖に「ピーヤ」と呼ばれる円筒形の排気口2本が突き出ているのが見える宇部市の床波海岸。10月30日、井上さんは海岸付近の坑口の前に腰掛け、ダイバーの伊左治佳孝さん(36)の話に耳を傾けていた。この日、伊左治さんは初めて坑口から坑道に入り、約180メートル先まで潜水調査。坑内の状況を報道陣に伝え、「継続して調査すれば遺骨の収容につながる」と語った。伊左治さんの手を握り、井上さんは「希望が見えた」と感謝の思いを口にした。
井上さんが生まれ育ったのは長野県天竜村。父は大戦末期、中国などの戦地に派遣され、右目を失明した傷痍(しょうい)軍人だった。「目玉に鉄砲の弾が当たった」。幼い頃にそう聞き、「戦争は怖い」と感じたことを今でも鮮明に覚えている。父はお酒を飲む度に、戦場で命を落とした戦友たちを思い、軍歌を歌った。井上さんは「戦争の傷を感じながら育った」と振り返る。
自宅の近くにあった平岡ダム(天竜村)は戦時中、中国人や朝鮮人、連合軍の捕虜らが建設工事に動員され、強制労働させられた。亡くなった人も多い。戦後に生まれた井上さんがその歴史を知ったのは、大学進学のために上京した後だった。「ダムの恩恵を受けて育ちながら、犠牲があった過去を知らなかった」と衝撃を受けた。
72年、結婚を機に山口県へ。市民運動に関わる中で、長生炭鉱での事故について知り、91年の刻む会の結成に加わった。戦争による犠牲を忘れないという思いを込め、提案したのが「歴史に刻む会」という名称だった。
長生炭鉱での水没事故は太平洋戦争の開戦から約2カ月後の42年2月3日に起きた。坑口から約1キロ沖の坑道で落盤が発生して浸水し、朝鮮人136人、日本人47人の労働者が亡くなった。遺体は収容されないまま、坑口は事故後に閉じられた。
刻む会の活動は犠牲者の遺族捜しから始まった。日本名で記された戦前の名簿を頼りに、朝鮮半島の住所に118通の手紙を送ったところ、17通の返信があった。「手紙を読んで初めて長生炭鉱で亡くなったことを知った遺族も多かった」。92年には韓国の遺族会が結成された。刻む会は翌年以降、事故のあった2月に遺族を招いて炭鉱跡近くで追悼式を営んできた。
2013年には刻む会の目標だった追悼碑が市民の寄付金で完成し、宇部市のホテルで祝賀会を開いた。「達成感で舞い上がっていた」という井上さんらに、遺族から重い言葉が投げかけられた。「あなたたちは達成した気持ちかもしれないが、私たちは遺骨をふるさとに持って帰るまで終われない」。刻む会はその場で遺骨収容を新しい目標に据えることを決めた。
井上さんは翌14年に刻む会の共同代表となり、国に遺骨収容を求めた。だが、国は動こうとしなかった。厚生労働省は「埋没位置や深度などが明らかでなく、現時点で調査は困難」とする。16年には戦没者遺骨収集推進法が成立し、遺骨収容を「国の責務」としたが、長生炭鉱での犠牲者について、国は「戦没者ではない」との立場だ。
事態が動かない間に遺族は次々と亡くなった。井上さんらは今年、「自分たちで骨を見つけて国を動かす」と調査に乗り出すことを決めた。クラウドファンディング(CF)などで約1200万円の資金が寄せられ、9月から掘削作業を実施。地下約4メートルに埋まっていた坑口を見つけ、10月末の潜水調査にこぎ着けた。
長生炭鉱の事故で犠牲になった労働者の多くは、戦時下の石炭増産を背景に、日本が植民地支配していた朝鮮半島から動員された。井上さんは「日本が過去の過ちと向き合ってこそ日韓の未来志向の関係が生まれる」と感じる。「遺骨を返してほしいという遺族の思いに応えたくてここまで続けてきた。日本政府が誠意を持って遺骨を収容することが、植民地支配した国としての最低限の責任で、遺族にとっても一番の慰めになる」【福原英信】
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