回収率減、擦り減る調査員のメンタル 岐路を迎える国勢調査

2025/09/19 06:30 

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 「暇じゃねえんだよ」

 千葉県の自営業の男性(55)は、5年前に調査員を務めた国勢調査で浴びせられた言葉を苦々しく振り返った後に語った。

 「頼まれても次はやりたくないよ。メンタル擦り減るから」

 国勢調査は今年、再び調査年を迎え、20日から調査票の配布が始まる。

 だが、「国の最も重要な統計」と称される国勢調査も、近年は調査票を提出しない人が増えており、1世紀以上の歴史のなかで岐路を迎えている。

 ◇対象はすべての日本在住者

 日本の「いま」を浮かび上がらせる国勢調査は、外国人を含め日本に住む全ての人を対象にした日本唯一の「全数調査」で、全世帯に調査書類が配布される。

 欧米諸国に追随する形で1920年に始まり、5年に1度、10月1日を調査期日に実施され、今回で22回目となる。

 調査の実務を担うのは各自治体だが、非常勤の国家公務員として雇われた調査員なしでは語ることはできない。

 調査員は報酬付きで従事し、調査漏れを防ぐため、戸別訪問して原則対面で調査票を渡す。

 調査票は性別、年齢、配偶関係、仕事の種類や就労状態、5年前の居住地、国籍などを尋ねる項目がある。

 回答は、紙の調査票を郵送または調査員へ後日提出する方法のほか、調査員が配布する書類に記載のQRコードやログインIDを使ってインターネットでも回答できる。

 ◇住民基本台帳があるのになぜ?

 戸別訪問があるため、前回は約61万人もの調査員を要した。

 この大がかりな調査の意義は何なのか?

 わかりやすいのが、各地の居住実態の把握だ。

 各市区町村の住民票を基にした住民基本台帳(住基)上の人口と、実際にその土地に居住する人口には開きがある。

 例えば、京都市では2020年10月の住基上の人口が約140万人だった一方、同年の国勢調査では約146万人と、6万人も開きがあった。

 大学が多い京都市では、地方の実家に住民票を置いたまま下宿する学生らが多数いるためで、住基ネットのデータだけでは実態をつかめない。

 国勢調査で得られた数字は、国や地域の姿を捉える重要な「基礎資料」になる。

 地方交付税の算定や衆院選小選挙区の区割り、そのほか公的統計の基になるほか、自治体が少子高齢化や街づくりの計画を策定したり、民間企業が店舗や工場の立地計画を立てたりする際にも活用される。

 24年に民間研究機関が公表し話題となった「消滅可能性自治体」も、国勢調査が基となっている。

 ◇東京は未回収3割

 だが、この調査の在り方が揺らぎ始めているという。

 調査票を回収できない世帯が急増したためだ。

 調査対象者から直接回答が得られない場合、調査員が近隣住民から聞き取ったり、自治体が持つ行政情報で補足したりして、データを補わなくてはいけない。

 この「聞き取り」と呼ばれるケースが多発するようになったのだ。

 総務省の資料によると、「聞き取り率」(調査票の未回収率)は95年が0・5%、00年が1・7%だったが、05年4・4%▽10年8・8%▽15年13・1%――と増え、前回は16・3%に達した。

 とりわけ東京都は前々回の15年時点で30・7%と最も高く、「全数調査」のはずが、7割しか調査票を提出していないのが実情だ。20年については「有識者会議で議論にならなかった」(総務省)として非公表だが、依然として高い水準にあるとみられる。

 しかも、「聞き取り」で補うのは、世帯数や性別などに限られるため、国籍や就業状況、学歴などデータの一部が抜ける「不詳」が続出する。

 回収率の低下の要因は、単身世帯やオートロックのマンションの増加に加え、プライバシー意識の高まりなどだ。

 調査員が接触できない世帯だけでなく、調査に協力してくれない世帯も増えている。

 京都大の埴淵知哉准教授(地理学)らが、国勢調査の未提出者にアンケートした18年の調査によると、若い世代ほど提出率が低かった。

 また、どの年齢層でも、国勢調査についての理解度が低いほど、提出率が低い傾向がみられた。

 ◇擦り減るメンタル

 冒頭でぼやいた元調査員の男性は、住んでいる地域の自治会長に頼まれ、軽い気持ちで引き受けた。

 担当は近所の約100軒。民家やアパートのインターホンを押し、国勢調査の調査員であることを伝え、相手の氏名を確認してから、郵便受けに資料一式を投函(とうかん)した。

 不在の場合は時間を変えて再訪して接触を試み、担当した全員と対面またはインターホン越しに接触できた。

 担当地区の回答状況はインターネットから確認できるため、未回答の世帯には後日、督促の紙を出した。

 <国勢調査員の身分は、総務大臣に任命される非常勤の国家公務員です>

 大半の人は「ご苦労様です」と粛々と応対してくれた一方で、総務省統計局が特設サイトでうたう、「身分」の重みを全く感じられない場面も多かった。

 「こんな忙しい時間に来るなよ」「なんで答えなきゃいけないの」と反発されることもあった。

 インターホンのカメラ越しに調査員証やバッグを見せても「そんなの信用できない」と一蹴され、若い住民からは「なんでうちが選ばれたんですか」と返答された。

 リフォーム詐欺や宗教まがいの勧誘などと思われている印象だったが、そもそも国勢調査を理解していない人が多いと肌で感じた。

 ◇「手法に限界」の声も

 各地で調査員の不足や高齢化が進み、「市町村の負担が大きすぎる」といった声も自治体から国に相次いでいる。

 男性も「この調査手法はいつか限界が来るのでは」と危ぶむ。

 未回収率増加を食い止める鍵を握るのは、インターネットによる回答が増えるかどうかだ。

 総務省は、前回37・9%だったインターネットでの回答割合を50%に引き上げる目標値を掲げる。

 9月22日からは全国約300の郵便局で、来局者にインターネット回答を支援する特設ブースを設ける。

 さらに新たな試みも始まる。

 東京都新宿区と茨城県3市(水戸、つくば、ひたちなか)では、オートロックの大規模マンションなどに住む約2000世帯を対象に、調査員が直接訪問せずに調査票を郵送で配布する「郵送配布方式」を試行する。

 総務省国勢統計課は「郵送配布による精度や、自治体側の負担軽減の程度を検証したい」としている。【尾崎修二】

毎日新聞

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