普賢岳大火砕流35年 島原市長「身の安全を考える一日に」

2026/06/03 10:36 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 死者・行方不明者43人の犠牲者が出た長崎県雲仙・普賢岳の大火砕流から3日で35年となった。被災地の島原市では各地に献花所が設置され、市民らが犠牲者を追悼した。大火砕流発生の午後4時8分には追悼のサイレンが鳴らされ、市民が黙とうする。

 被災者らが集団移転した島原市仁田町の仁田団地ではこの日朝、古川隆三郎市長ら約50人が「雲仙普賢岳噴火災害犠牲者追悼之碑」前で献花した。当時、消防団員だった古川市長は「自然の恐ろしさを子どもたちに伝承する必要がある。今日は犠牲者を思い出し、身の安全を考える一日としてほしい」と語った。噴火災害で対策の陣頭指揮をとり、昨年8月に亡くなった鐘ケ江管一・元市長の妻保子さん(90)は「夫を支えてくださった感謝の思いで花を手向けました」と話した。

 大火砕流では、報道関係者の取材拠点「定点」を警戒していた消防団員12人が犠牲になった。島原市平成町の「消防殉職者慰霊碑」前では消防団員らが献花し、故人をしのんだ。

 市は6月3日を犠牲者を慰霊する「いのりの日」と位置づけている。小中学校では噴火災害の体験者から話を聞いたり、「思い」を発表したりする「いのりの日集会」を開く。【百田梨花、添谷尚希】

毎日新聞

社会

社会一覧>