水泳”レジェンド”の茨、再び狙う頂点 デフリンピック日本初開催へ
聴覚障害者にとって最大の国際スポーツ大会「デフリンピック」が、11月に東京を中心に開かれる。デフとは英語で「耳が聞こえない」という意味。大会は「デフスポーツの魅力や価値を伝え人々や社会とつなぐ」などの大会ビジョンを掲げる。日本で初めてとなる「ろう者の五輪」を前に、デフ競技に打ち込む国内のアスリートは何を思い、どんな期待を抱いているのだろうか。【川村咲平】
◇水泳・茨隆太郎(30)=SMBC日興証券
初出場した2009年の台北大会以来、デフリンピックで獲得したメダルは実に19個を数える。デフスポーツ界の「レジェンド」と呼ばれるゆえんだ。引退の考えもちらつく年齢にさしかかるが、初の自国開催が決まったことで気持ちは固まった。大舞台での「世界新記録と金メダル」を目標に掲げる。
先天性の感音性難聴で、生まれつき耳が聞こえない。母の勧めで物心つく前から水泳を始めた。指導者の指示が理解できずに苦労したこともあったが、ろう学校(現在の特別支援学校)小学部6年の時、デフリンピックの存在を知った。大きな目標が決まり、本格的に練習に取り組むようになった。
初のデフリンピック出場は高校1年生。「(200メートル背泳ぎの)予選を突破できればいい」と考えていたが、その予選でいきなり自己ベストを大幅に更新した。さらに決勝でも記録を伸ばし、金メダルを手にした。想像もしない結果だった。日の丸の重みという独特の緊張感にさらされながらも、大舞台が持つ不思議な力を知った。
世界トップクラスのスイマーとして4大会連続の出場を果たした。22年春の前回ブラジル大会で金4個、銀3個のメダルを獲得。引退も考えたが、その年の9月に東京開催が決まると次の日からプールに戻った。
「今までお世話になった人に、自分の活躍を見てほしい」。母校の東海大を拠点に、一回り近く年齢の離れた大学生と週6日間、練習に励む。東京大会は200、400メートルの個人メドレーで世界の頂点を狙う。
耳が聞こえないことで社会との壁を感じることもある。幼い頃は手話をまねるような仕草でからかわれ、新型コロナウイルスの感染が広がると、マスクで相手の口の動きや表情が見えず意思疎通が難しくなった。
「(手話言語という)目で見るコミュニケーションの世界があることを知ってほしい」
自らの活躍によって、聞こえる子であれ、聞こえない子であれ、未来を担う子どもたちが少しでも暮らしやすい社会になることを願う。日の丸を背負い続ける理由がここにある。
◇パラリンピックより古い歴史
聴覚障害者の国際スポーツ大会「デフリンピック」とは、どのような大会なのか。
オリンピックやパラリンピックと同様、夏と冬、それぞれ4年ごとに実施される。初めて開かれたのは1924年のフランスでの夏季大会。その歴史は五輪には及ばないが、パラリンピックよりも古い。
2025年の東京大会は「第25回夏季デフリンピック競技大会東京2025」が正式名称で、第1回大会から約100年の節目にあたる。25年11月15~26日の12日間、陸上やサッカー、柔道など19競技が実施される。70~80カ国・地域から約3000人の選手が参加する見通しだ。
車いすや手足の欠損といったパラアスリートのように目に見えるかたちではないが、デフアスリートにも平衡感覚に障害のある人が一定数存在する。情報保障が整わないためによるコミュニケーションの問題もある。聞こえない人が平等な条件で競い合える場として、デフリンピックは欠かせない大会となっている。
平等を期するため、選手は競技中、補聴器を外す。陸上や競泳は光の合図でスタートを知らせるなど、視覚で分かる工夫が随所に見られるのも特徴だ。
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