是枝裕和監督、Netflixシリーズ『阿修羅のごとく』「誰もがその時代の旬の女優で撮りたい…
Netflixシリーズ『阿修羅のごとく』(配信中)是枝裕和監督 (C)ORICON NewS inc.
【動画】ワークショップの課題にもなった第1話の家族会議シーン
向田さんは、エッセイも多数発表し、小説では直木賞を受賞するなどキャリアの最盛期にあった1981年、飛行機事故によって突然に生涯の幕を閉じた。しかし、彼女の影響は後世に広く及び、没後40年以上を経てもなお、その人気は陰りを見せない。
是枝監督も「最も尊敬し、いちばん影響を受けた人」とリスペクトしてやまない。自身が代表を務める映像制作集団「分福」に所属している若手演出家たちの勉強のために、『阿修羅のごとく』の台本でワークショップをしたこともあった。それが、今回のリメイクを企画した八木康夫プロデューサーに伝わり、連絡を受けた是枝監督は「この作品をほかの人には撮らせたくない」と監督を買って出た。
「ワークショップで『阿修羅のごとく』の第1話、父親の浮気が発覚して、次女・巻子の家にみんなが集まるシーンを演出するという課題を出したことがあったんです。四姉妹と巻子の夫、5人も登場人物がいると、自然に動かすのがかなり難しいんですよ。特に日本家屋って、一度座ると立ち上がらせにくいので。向田さんの脚本は人物描写が素晴らしくて、それをどう立体的に見せられるか、挑み甲斐がある。特に『阿修羅のごとく』は、誰もがその時代の旬の4人の女優で撮りたいと思う魅力的な作品だと思います」
向田さんが描いた『阿修羅のごとく』は、年老いた父の愛人問題をきっかけに、恋愛観も違えば、生き方も違う4人の姉妹が、対立し、感情をぶつけ合いながら、心底では互いを気にかけ、やがて手を取り合う、その泣き笑いが細やかに描かれた最上級の人間ドラマだ。
Netflix版で描かれるのは、原作と同じく1979年が舞台。
「もはや時代劇ですね。今回、本当に優秀な制作部がロケ地を見つけてきてくれましたけど、10年後は、同じ昭和の設定では撮れないかもしれないですね。特に東京は街の風景が変わりすぎて。でも、おそらくですが、『阿修羅のごとく』にはこの時代設定が必要なんです。母親は戦前世代。長女と次女は戦時中を覚えているんです。三女と四女は戦後生まれですが、四女は恋愛観も含めて80年代を先取りしているような現代的な生活へ向かっている。この時代のまたぎ方が絶妙なんです。これを現代にしようとすると、母親の世代ですらあまり価値観が変わらなくなってくる。さすがに嫁に行くときに、春画をタンスの底に入れておくみたいなこともないわけで、そういうディテールはもちろん、四姉妹の価値観もここまで多様に描けないと思う。時代設定を変えるなら、キャラクター設定も相当変えないとできないでしょうね」
時代設定だけでなく、「オリジナルが相当に完成度の高い作品なので、初めは脚本を一字一句変えずにやろうと思った」という。しかし、「実妹の向田和子さんにお会いした際、脚本は好きなようにしてくださいとおっしゃっていたので、少し手を入れてみようかと思い、脚色しはじめたら、4人の俳優たちのキャラクターに沿って書き加えていくことが楽しくなってしまった。それなら女性像そのものもアップデートしていこうと思ったんです」。
夫を亡くし、生け花の師匠として生計を立てる長女・綱子(宮沢)。会社員の夫や子どもたちと一見平穏に暮らす、専業主婦の次女・巻子(尾野)。図書館で司書を務める、恋愛に不器用な三女・滝子(蒼井)。喫茶店のウエイトレスで、ボクサーの卵と同棲する四女・咲子(広瀬)。
「オリジナルが作られた当時の時代の制約をとく特に受けているのが、夫の不倫に悶々とする専業主婦の次女・巻子です。彼女の姿は、当時としてはリアルだったかもしれませんが、今の視聴者が観た時見たときにいちばん共感しにくいキャラクターだと思いました。妻のいる男性と密会を重ねている長女・綱子のうしろめたさや、三女・滝子の男性経験の乏しさ、四女・咲子の男性に引きずられていく弱さも、今の視点から見るとそれぞれ少し気になるなと。それぞれが自分の人生を自分で掴みにいく、自分で肯定するといった主体性を前面に出したほうがいいのではないかと思ったので、そういう方向にアップデートしようと思いました」
アップデートするにあたり手本にしたのは、映画『バービー』(2023年)のヒットが記憶に新しいグレタ・ガーウィグの『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(19年)。
「参考までに『若草物語』を映画化した作品を全部見て、その中で『ストーリー・オブ・マイライフ』は女性の自立の話に着地させることで、アップデートに成功していた。もし、次に『阿修羅のごとく』をリメイクすることがあったら、女性の監督にやってもらったらいいんじゃないかな。きっと違うものが見えてくるような気がします」
撮影中は「毎日、楽しくて。四姉妹を演じた4人も、演じていて楽しそうでした」と振り返る。「キャストも含め作り手たちが楽しんで作った作品には、観る見る人を強くひきつける力が宿ると思います」と自信をのぞかせた。
今後については、「映画を撮ります」ときっぱり。「映画『怪物』(23年)の坂元裕二さん、『阿修羅のごとく』の向田さん、ほかの人が書いた脚本は、ここはすごく乗って書いてるなとか、ここは悩んだんだろうなといったことがすごくよくわかる。悩んだところをこう乗り越えていったのか、とか、プロセスに立ち合わせていただけたのはとても勉強になりました。これから自分で書くときの参考になるだろうし、自分の脚本をより厳しい目で見ようと思っています」と話していた。
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