日産『GT-R』開発のベンチマークはドイツ“世界的名車” “紙のカタログ”を使わないなど「…

2026/04/18 17:30 

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BS日テレ『おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!』より (C)BS日テレ

 お笑いコンビ・おぎやはぎ(矢作兼・小木博明)がMCを務めるBS日テレ『おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!』(毎週土曜 後9:00)が、きょう18日に放送される。今回は、元日産『GT-R』開発責任者の水野和敏氏を迎え、同車開発、ブランド戦略の裏話を聞いていく。

【写真】日産『GT-R』のベンチマークになったドイツ“世界的名車”の全貌

 日産『GT-R』開発にあたり、ベンチマークにしていたのは、ドイツの超がつく有名車。なぜこの車をベンチマークにしていたのか。実は、『GT-R』の開発がドイツで行われたこともこの車を意識した道場破りの精神だったという。

 「名車のお膝元でそれよりも速い、公の前で結果を証明する、これこそが最高のブランド戦略です」と話すと常に自分の周りにいたパパラッチが世界中に情報を発信してくれたおかげで「正式発表時には『GT-R』がベンチマークしていた車よりも速いことが周知のことになっていたと」水野流ブランディング戦略の効果を明かした。

 販売が始まってからも、当時主流だった“紙のカタログ”は作らずに独自の宣伝方法を貫いた水野氏。写真を使わずにどうして世界的なブランドを構築できたのか。世界から“ミスターGT-R”と称される水野氏が注いできた熱い思いと知られざるエピソードが明かされる。
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