18歳・上野梨紗女流棋聖 快挙のウラに姉と「菫ちゃん」の存在

2025/05/17 08:30 

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 囲碁の国際棋戦での日本勢の活躍が目覚ましい。3月には、上野梨紗女流棋聖(18)が「SENKO CUPワールド碁女流最強戦」で初優勝を飾った。2024年の一力遼本因坊(27)、上野の姉愛咲美(あさみ)女流立葵杯(23)に続いての世界一に、囲碁界は大いに沸き立った。10代での世界一という歴史的快挙のウラに、2人の女性棋士の存在があった。

 3月16日、東京都江東区で打たれた同戦決勝。相手は、世界ナンバーワンの女性棋士、崔精(チェジョン)九段(28)だった。上野は対局前日から興奮していた。「こんなチャンスはめったにないぞ、と。後悔しないように思い切り打とうと思いました」

 対局は序盤からリードを奪われ、苦しい展開となる。このまま崔が逃げ切るかと思われた最終盤、周囲もあっと驚くヨセの絶妙手を繰り出す。この一手を見た崔は肩を落とし、何度もため息をついた。結果は上野の半目勝ち。「誰も私に期待していなかったので、気負うことなく打てたのがよかった。これまでの棋士人生で一番うれしかった」

 対局を見守った姉はこう評した。「妹がヨセ勝負で勝っているのを見たことがなかった。意外とやるなって」。この言葉を聞いた上野は「ちょっと上から目線な気もしますが、実際に世界一になっているすごい方なので、うれしくはあります」と“梨紗節”で応じた。

 ◇縄跳び777回に対抗

 天真らんまんな姉と、冷静沈着な妹。2人にタイトル戦で戦いたいか、と尋ねると、いつも決まって「妹とは戦いたくない」「姉と戦って絶対に勝ちたい」と返ってくる。対照的な2人だが、勉強熱心なところは共通している。対局日を含め、日本棋院(東京都千代田区)で2人の姿を見ない日はほとんどない。上野は「普段の姉はそんなにすごいなって思うことはありません。でも、囲碁に対する考え方は人と違うと感じます。とにかくポジティブで、だから大舞台で結果を残せるのかなって」。

 自宅で一緒に勉強することは少ないという2人。が、いずれも対局前に行う独特な「ルーティン」を持っている。姉は縄跳びを777回跳ぶのに対し、上野は2キロランニングする。「縄跳び777回だけでは物足りないのでランニングにしました。『対局前なのに疲れないの?』って聞かれるけど、ぜんぜん大丈夫です。血流が良くなるし、集中力もつきますから」

 囲碁を始めたのは4歳の時。藤沢一就八段主宰の「新宿こども囲碁教室」(東京都新宿区)で勉強を始める。8歳でプロ候補生の院生となり、12歳でプロ入りを果たす。「姉が試験に6回落ちて大変だなと思っていました。だからプロ入りして安心したのと、いろいろな先生に出会えるワクワク感がありました」

 ◇一番の刺激くれた

 当時史上3番目の若さでプロ入りしたが、マスコミや囲碁ファンの注目を集めたのは、英才特別採用枠で10歳でプロ入りを果たした仲邑(なかむら)菫(すみれ)四段(16)だった。「特に複雑な思いはなかったけど、年下の菫ちゃんには絶対に負けたくないという気持ちはありました」

 プロ入り後、高い壁にぶつかる。1年目は5勝11敗と負け越し、2年目は16勝14敗と苦しんだ。その一方で、仲邑は13歳3カ月で公式戦100勝を達成するなど記録を次々と打ち立てる。そして23年の女流棋聖戦で姉を破り、史上最年少の13歳11カ月でタイトルを獲得する。「先を越されて悔しさもありましたが、自分も菫ちゃんみたいにタイトルを取れる棋士になりたいとも思いました。年下だけど追いかける存在になりました」

 約3年前、姉からあるアドバイスを受けた。「詰め碁をやった方がいいよ」。その言葉を信じて詰め碁に打ち込んだ。すると成績がアップし、23年には49勝を挙げて最多勝に輝いた。「自分は戦いの棋風で、読みを鍛えた方がいい棋風だった。詰め碁は私にぴったりだった」

 そして24年の女流棋聖戦三番勝負に進出し、背中を追い続けていた仲邑と大舞台で対峙(たいじ)することに。三番勝負の前までは仲邑に0勝6敗。一度も勝ったことがなかった。「苦手意識がついちゃって、また負けるのかなと。でも開き直って打とうと思いました」。1局目は敗れたが、2、3局目で勝利しタイトルを奪取した。「本当に信じられませんでした。当時はライバルなんて言えませんでしたが、世界一になった今だったら、ライバルって言ってもいいかな」。その仲邑は昨年3月に韓国棋院に移籍。「ライバル」対決の場は国際棋戦に移った。「いつか対戦できたらうれしい。実現できるよう、私も頑張りたい」

 姉と仲邑に大きな影響を受け、一気にその才能を開花させた上野。「姉がいなかったら、タイトルは取れていない気がします。今、考えたら大きな存在ですね。そして菫ちゃんは、囲碁人生で一番刺激をくれた唯一無二の存在です。2人がいてくれて、本当に環境に恵まれたと思います」

 今年1月に女流棋聖を2連覇。女流立葵杯の挑戦権獲得まであと2勝に迫る。タイトル戦で初の姉妹対決となるか。「対戦するなら姉には絶対に負けたくない」。言葉を少し強めた後、すぐにいつもの笑顔に戻った。【武内亮】

毎日新聞

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