「できることを奪わない」 料理教室特化のデイサービスを訪ねた

2025/05/19 09:00 

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 デイサービスというと、家族がひととき休息するために、介護が必要な高齢者を一時的に預ける施設というイメージがあるが、高齢者自身が通いたくなるような、料理教室に特化したデイサービス施設が東京都内にあるという。業界でも極めて珍しいというが、どんな雰囲気なのか。

 ◇見た目はまるでカフェ

 料理教室型デイサービス「なないろクッキングスタジオ」は都内に4店舗ある。そのうちの一つ、自由が丘店を訪ねた。

 まず驚いたのが、まるでカフェのような外観だ。運営する「SOYOKAZE」(東京都港区)によると、通りかかった人がカフェと間違えて入ろうとすることもあるという。

 内装も白を基調としたおしゃれな空間だ。一般のデイサービス施設と違うのは、玄関以外には手すりがないことだ。その代わり、料理教室で使うカウンターやテーブルはすべて手すりと同じ高さに設定され、伝い歩きしやすいようにしているのだという。利用者が安全に移動できる、だけど、おしゃれな雰囲気も損なわない工夫だ。

 開始時刻が近づくと、利用者が続々と集まってきた。大半が女性だが、男性の姿も。始まる前の空き時間を利用して、歩行訓練ロボットを使ってトレーニングに励む人もいる。

 利用者はまず、オレンジや黄色などカラフルな三角巾とエプロンをつける。テーブルを支えに伝い歩きしたり、スタッフの手を借りたりするなどして手洗いやうがいを済ませる。

 続いて、スタッフがこの日のメニューやレシピについて説明。準備体操をして体が温まったら、4、5人ごとの班に分かれて調理開始だ。

 ◇車椅子でも楽しそうに調理

 この日は「春のアンチエイジングレシピ」と題し、魚のハンバーグ、枝豆とチキンのガーリックソテー、ミモザサラダ、魚介のピラフ、新じゃがとごぼうのスープの5品を作る。

 調理時間は約1時間に及んだが、疲れた様子もなく、ほとんどの利用者が立ちっぱなしで料理に夢中になっていた。

 大葉を包丁で切っていた92歳の田居緑さんは「主人が中華料理店をやっていたの。私は見ていただけだけど、ずっと見ていたから、できるんです」と、ものすごい速さで刻んでいった。

 男の子3人を育て上げたという88歳の森みさ子さんは、慣れた手つきで葉物野菜をちぎりながら、「ご飯を食べるのが楽しみになりました。家では一汁三菜しか作らないけど、ここは材料がいっぱいでうれしい」と笑顔。

 車椅子に座りながら丁寧に調理していた85歳の蔭山経子(のりこ)さんは「ここは座っていてもできるからいい。みんなで笑いながら料理するのが楽しい」とほほ笑んだ。カウンターは、車椅子に座った状態でも利用しやすい造りになっている。

 午後の部は、作った料理をお弁当にして持ち帰るため、夕食時に自分で味わったり、家族の分も作って一緒に楽しんだりすることもできる。

 ◇介護福祉士資格持つ「二刀流」も

 なないろクッキングスタジオは2015年に、自由が丘店を1号店にスタート。企画した神永美佐子事業部長は、従来のデイサービスは、滞在時間は長いものの、実際に立ち上がって活動する時間が短かったり、全員で楽しむレクリエーションをすることが難しかったりしたと指摘。これまでの介護経験から、料理は多くの高齢者が楽しんでいると感じたことが発案のきっかけになったという。「皆さん、習いごとのような感覚で来られるので、生活のリズムを整えられるし、『料理』という成果物を作ることもできます」と話す。

 調理の指導者には、ホテルのレストランで腕を振るった経験を持つなどのシェフを起用。これも利用者の自尊心を損なわないための配慮なのだという。自由が丘店には、現在は育児休業中だが、介護福祉士の資格も持つ「二刀流シェフ」の山本奈々さんも在籍している。

 ◇レシピはあえて一手間増やす

 神永事業部長によると、レシピはすべてシェフによるオリジナルで、あえて工程数を多くしているのがポイントだという。たとえば、フードプロセッサーなどは使わず、包丁を使って刻みやたたきをする。ふつうのパンではなくカレーパンにして、「カレーを作る」という工程を増やすなどしている。そうすることで、調理すること自体がリハビリになり、脳の活性化にもつながるのだという。

 高齢になると、包丁や火を使う料理は危ないと家族から禁じられるケースも少なくない。自身でも、しばらく料理をしていないからと最初は不安に思う高齢者も多いが、神永事業部長は「やってみると、皆さんとても上手。『できることを奪わない』ことを大切にしていきたい」と話す。【野口麗子】

毎日新聞

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