仏の教えに通じるボクシングの精神 元プロ僧侶が考える真意

2025/09/17 16:00 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 福岡県豊前市役所から東へ1キロの県道沿いに、小さなボクシングジムがある。「来迎寺(らいこうじ)ボクシングクラブ」。代表の矢鳴千之(ちゆき)さん(48)は、400年以上の歴史のある「真宗大谷派・来迎寺」(同市)の住職だ。拳を相手に振るうボクシングと、仏の教えを伝え悩みや不安も解消する僧侶。一見すると不釣り合いな組み合わせ。だが矢鳴さんに言わせると「ボクシングの精神は、仏の教えにも通じる」。その真意とは。

 「はい、ワンツー!」「ナイスパンチ!」。リングとサンドバックが備えられた約40平方メートルのボクシングクラブに、矢鳴さんの声が響く。バンッ、バンッ。グローブとミットの音も絶え間ない。

 ジムは週3回、午後6時から。矢鳴さんの次男、世音(せおん)ちゃん(3)を最年少に60代まで約20人が2時間程度、汗を流す。日本ボクシング連盟(東京)によると、寺の住職が運営するジムは国内では他にないとみられる。

 前住職の長男として生まれた矢鳴さんは跡取りを期待されたが「決められたレールには乗りたくない」と当初は拒絶。だが高校2年、闘病中の祖父のひと言で考えが変わった。「お前はお寺に生まれ、仏と向き合うご縁をもらっている。その意味を考えてみなさい」。

 仏教系の短大を卒業。22歳から長崎市内の寺に勤務した。見知らぬ土地で友人もいない。「お勤め」の後にできた時間をつぶすため、たまたま住居の近くにあったボクシングジムに入会した。体力には自信があり、中学は陸上、高校、短大では野球に打ち込むなどスポーツは好き。入門3カ月で初めて対人練習であるスパーリングに臨んだ。自信はあったが高校生に「ボコボコ」に。悔しかった。闘争心に火が付いた。

 毎日2時間、ジムワーク。通夜や葬儀が入ったときは帰宅後にロードワークやシャドーボクシングに励んだ。呼吸やタイミング、スピード、相手との駆け引き。ボクシングは力だけではない。常に冷静な判断が求められる知的なスポーツであることが分かった。「とにかく面白かった」。

 フェザー級(体重57キロまで)で頭角を現し、2002年から4年連続で長崎代表の国体選手。05年の岡山国体では全国3位となった。

 長崎で5年間を過ごして行橋市の寺に移った。ボクシングはやめるつもりだったが、誘いを断り切れず30歳でプロデビュー。僧侶とプロボクサーという「二刀流」で3試合をこなした。メインイベンターも務めた。

 プロになってトレーニングのために通っていた豊前市内のフィットネスクラブに頼まれ、子ども向けにボクシングを教えるようになった。「子どもたちには一人一人に優れた部分があり、その長所を伸ばすことが自分の役目」と、仏に仕える僧侶の身としての親和性を見いだしてやりがいを感じた。16年に39歳で来迎寺の17代住職に就任。22年3月に周囲の助けもあり、念願のジムを開設させた。

 通夜や葬儀で指導に行けないことも多い。練習に来る子どもたちの保護者がトレーニングを助けてくれる。

 「“お寺さん”がボクシング?」と驚かれることも。矢鳴さんは「ボクシングでは相手を殴るが、その痛みも分かる。試合が終わると健闘をたたえ合い、お互いに尊敬し合う精神が根底にある。お互いを尊び合うことを意味する浄土真宗のお念仏、南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)に通じる」と答える。

 また、礼に始まり礼に終わるのもボクシング。学ぶ子どもたちには人間力を養ってもらいたいと願う。来迎寺ボクシングクラブ(090・2588・4989)。【出来祥寿】

毎日新聞

社会

社会一覧>