<eye>「陽射し」求めた語り部 白寿を迎えた被爆者 阿部静子さん
2月22日、ある被爆者が白寿(99歳)の誕生日を迎えた。広島市南区の阿部静子さん。18歳だった1945年8月6日、爆心地から約1・5キロで建物疎開の作業中に被爆し、熱線で顔や腕など、右半身に大やけどを負った。差別に苦しみながら、草創期から被爆者運動に参加。その礎を作った「生き証人」の一人だ。
「悲しみに苦しみに 笑いを遠く忘れた 被災者の上に 午前十時の陽射しのような 暖かい手を 生きていてよかったと 思いつづけられるように」
1月下旬、入居する高齢者施設の一室にかすれた歌声が響いた。70年前の56年春、被爆者救済を求める国会での請願行動を終え、広島に戻る列車内で阿部さんが作った詩。被爆体験を聞き取りに訪れた日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表理事、田中聡司さん(82)の求めに応じて披露した。
「(国会請願)当時の道路は未舗装で冬には霜柱が立っていた。それが10時ごろ、じわっと溶ける。一番暖かい午後の日差しじゃなくてもいい。せめて午前10時の日差しのような手を差し伸べてほしい。あの時の心からの願いでした」と詩を作った時の心境を振り返る。
同じ年の8月、日本被団協が結成され、長崎市での第2回原水禁世界大会ではこの詩が歌われた。国会請願に参加した広島と長崎の被爆者計43人のうち、存命は阿部さんだけだ。
「惨めな、見苦しい姿で生きてきました」と振り返る。焼けた顔の皮膚が赤くなり、近所の子どもたちから「赤鬼」とはやし立てられた。傷が見えないよう隠れて暮らす毎日だった。
しかし、「原爆1号」と呼ばれた吉川清さんとの出会いなどを契機に被爆者運動に参加。修学旅行生らに過酷な体験を語り、メディアの取材にも応じた。「原爆が三度繰り返されることがあっては絶対にならない」との思いからだ。「核兵器は絶対に廃絶してほしい。被爆者としての遺言です」と力を込める。
「私ははぶて顔(中国地方の方言で「不機嫌そうな顔」)だから」。撮影のたび、阿部さんは申し訳なさそうに口にした。
誕生日には、2月生まれの入居者の誕生日会が施設で開かれた。「この日を迎えたのも皆さんのご支援のおかげです」。感謝の言葉を述べ、会の終了後、エレベーター前で握手して出席者を見送った。決して「不機嫌」ではない、特上の笑顔だった。【佐藤賢二郎】
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