「決して風化させない」 福知山線脱線事故21年、現場で慰霊式

2026/04/25 12:27 

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 乗客106人と運転士が死亡、562人が負傷した兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故は25日、発生から21年となった。事故現場で追悼慰霊式が開かれ、参列した遺族ら約340人が犠牲者を悼んだ。

 現場に整備された慰霊施設「祈りの杜(もり)」では、発生時刻の午前9時18分に合わせ、JR西日本の倉坂昇治社長ら幹部が黙とうをささげた。

 倉坂社長は「どれだけ時間が経過しても、かけがえのない尊い命を奪ってしまった私どもとして風化させることは決してない。反省と教訓をしっかりと語り継いでいく」と述べた。

 事故で次男昌毅さん(当時18歳)を亡くした神戸市の上田弘志さん(71)は「21年たっても本当に安全になったとはいえない状態。できるだけ早く安全になったと思えるように、反省して努力していってほしい」と訴えた。

 兵庫県宝塚市の尾形麗さん(34)は、母和賀子さん(同41歳)が犠牲になった。この日は2人の子どもを連れて参列し、「母が2人の子を育ててくれたように、僕も同じようになれたのか。ありがとうと伝えたいが、できない分、祈りの時に一緒に強く願った」と亡き母に思いをはせた。

 事故発生から約22時間後に救出され、両足切断の大けがをした大阪市の会社員、林浩輝さん(40)は「事故後、何度も死にたいと思いながらもしぶとく生きてきた。命果てるまで頑張って生きていきたい」と決意を新たにした。

 事故発生時刻の直前には、快速列車(7両編成)が現場のカーブを25キロまで減速して通り過ぎた。車内では黙とうする人の姿があった。

 先頭車両に乗車していた大阪府高槻市の介護職員、中村圭介さん(49)は「人やモノだけでなく、夢や希望も一緒に乗せて走るのが鉄道の役目。107人が亡くなり、多くの方が重軽傷を負った。絶望や恐怖や死をもたらす存在であってはならない」と語った。

 発生から20年以上が経過し、JR西では事故後に入社した社員が7割を超える。どのように事故の記憶をつなぎ、安全を構築していくのか。引き続きその姿勢が問われている。【国本ようこ、山下理恵、北山直生、松本美緒】

毎日新聞

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