「重油が浮かぶ海、今でも」 紫雲丸沈没71年、高知で慰霊式

2026/05/11 14:17 

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 旧国鉄宇高連絡船「紫雲丸」の沈没事故から71年を迎えた11日、修学旅行中の生徒28人が犠牲になった高知市立南海中学校(同市長浜、廣瀬啓二校長)で追悼慰霊式が営まれた。遺族関係者や同窓生らが献花し、全校生徒ら約220人が黙とうして犠牲者の冥福を祈った。

 事故は1955年5月11日、紫雲丸と貨物船が高松港沖で衝突。岡山県・宇野港経由で関西に向かう南海中生117人を乗せていた紫雲丸が沈没し、同じく修学旅行中だった愛媛、広島、島根の児童を含む計168人が亡くなった。

 式典では廣瀬校長が犠牲者への哀悼の言葉を述べ、「私たちが語り続け、行動し続ける限り、あの日失った命の輝きが消えることはありません。安全で安心な未来を築いていくことを誓います」と決意を語った。生徒を代表し、生徒会副会長の森下路夢(ろむ)さん(2年)が「28人の先輩たちのためにも、この事故を二度と繰り返してはいけないという強い願いを紡いでいきます」と述べた。

 事故犠牲者の同窓生は80代半ばを迎え、今年は20人が参列した。別の班で九州旅行だった山本元子さん(86)は「事故を知り、翌日の帰路の途中で見た重油が浮かぶ海と、捜索する漁船の光景は今でも忘れられません。亡くなった友人たちには『今でも元気に生きているよ』と伝えたい」と話した。叔母を亡くした中岡真紀さん(56)は「同窓生から叔母の人柄などが聞けて感謝しています。これからも命の大事さを受け継いでいってほしい」と望んでいた。【行方一男】

毎日新聞

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