<フィリピン逃亡30年>フィリピン逃亡30年 奪った金握り空港へ 拘置所からの独白
長い、長い逃亡生活を終え、容疑者として捕まった。
2025年10月、相原久仁雄(62)は成田空港で30年ぶりに日本の土を踏んだ。
周りを警視庁の捜査員が囲む中、搭乗口には報道陣によるカメラの放列があった。顔を下げず、口を真一文字に結んだ。
後に相原は記者に明かす。
「捕まった時は『ああ、ついに来たか』ですよ。一生、日本に戻ることはないと思っていましたから」
結局、フィリピンで拘束され、日本に連れ戻された。時効が止まっていた強盗傷害事件の容疑者として。
人生の半分、30年もの月日を注いだ逃亡とはいったいどんなものなのか――。
面会や手紙を通じて彼が語ったのは、もはや「逃避行」を超えた歩みだった。
◇31歳、強盗の誘いに乗る
東京・蒲田。駅前に小さな飲食店がひしめき合う下町は、再開発が進んだ今も昭和の面影を残す。日本を追われるように出て行く前、相原はこの街で暮らした。
焼き鳥屋の雇われ店長だった。
当時31歳。働き、フィリピンパブに通い、また働いた。そんな日々の中で1995年2月、事件を起こす。
きっかけは常連客の誘いだったという。
「強盗、やらないか」
狙いは近くの雑居ビル4階にあるゲーム喫茶。「あそこは違法なポーカーカフェだ。タタキ(強盗)をしてもきっと捕まらない。300万~400万円はあるはずだ」と持ちかけられた。
相原は、誘いに乗った。
◇サバイバルナイフ突き立て
2月10日未明、相原たち3人はストッキングをかぶって押し入った。店主は「持っていけ」と財布を投げてよこしたが、相原はたたみかけた。
「もっとあるだろう」
サバイバルナイフで店主の右肩を突いた。血。客が散った。
客の通報を考えれば、時間はかけられない。そう思って店を出た瞬間、警察官とかち合った。階段を駆け下り、外に出る。仲間の1人が捕まるのが目の端に映った。
とっさに雑踏に紛れ、逃げ切った。
◇謝罪と悔恨と弁解と
相原は今、事件を起こしたことを警察の取り調べでも、記者にも直接認めている。
調べでは「バカなことをした。店主には申し訳ない気持ちでいっぱいだ」と供述した。誘いに乗ったのは「簡単に金が入る」という思惑があったからだという。
一方、記者とのやり取りでは、しばしば弁解を交えた。
「堅気の人のものを狙うつもりはなかった」というのがその言い分だ。「店は反社会的勢力によるもの」と思い、襲撃に加わったのだと。「反社」と考えたのは「店主の風貌が暴力団風だった」程度の理由だった。
◇奪った金を手に向かった先
襲撃で手にしたのは70万円ほどだった。分け合う間もなく、全額を相原が持っていた。1人は既に捕まった。同じように逃げたもう1人からも「自首しようと思う」と電話があった。
「自分も早晩捕まるだろう」と思った相原だが、脳裏によぎる存在があった。
この頃、蒲田のパブで知り合い、婚約した女性がいた。自分との子どもを妊娠し、郷里のフィリピンに帰っていた。
「せめて生まれてくる子どもの顔を見てから日本に戻って捕まろう」
喫茶店を襲った数時間後、奪った金を握りしめ、成田空港に向かった。
◇フィリピンで新たな家庭まで築き……
結局、その30年後に拘束され、警察に連れ戻されるまで、相原は日本に戻らなかった。
子どもには会えた。婚約相手とは仲がこじれて早々に別れた。それでも、相原はフィリピンでの生活を続けた。家賃の安い家を探し、時に悪徳警官につけ込まれ、怪しい仕事に手を貸した。そして新たな家庭まで築くことになる。
その間、日本にいた両親は亡くなった。死に目には会っていない。一緒に事件に関わった2人はとうに刑期を終えた。
95年は激動の年だった。阪神大震災、地下鉄サリン事件。時代を象徴する出来事の谷間で、相原の事件はたいしたニュースにもならなかった。
事件前の相原が働いた焼き鳥屋は、場所を少し移して今もある。
JR蒲田駅に近い雑多な飲食店街の一角。訪ねると、30年以上前から働いているという男性がいた。相原を覚えているか尋ねたが、「知らねえな」とだけ返ってきた。
相原は強盗傷害罪で起訴され、被告として東京拘置所にいる。裁判員裁判が6月、東京地裁で始まる予定だ。(敬称略)
【菅健吾】
◇ ◇
事件を起こし、フィリピンに逃げる者たちが今も昔も絶えません。強盗傷害事件に関わったとして30年の年月を経て捕まった相原久仁雄被告(62)もその一人です。本人や関係者らへの取材から、そうした「逃亡」の実相を描きます。
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