<デジタルを捨てよ 町へ出よう! >24時間戦えましたか? バブルの中のありふれた日常

2026/09/28 07:00 

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 1980年代後半から90年代初めにかけて、日本は異常な好景気に沸きました。栄養ドリンク剤のキャッチコピー「24時間、戦えますか」は流行語にもなり、CMソングはカラオケでもしばしば歌われました。当時、世界を股にかける“ジャパニーズビジネスマン”を端的に表す名文句でした。今から振り返ると、何だか淡い夢のようです。【中村琢磨】

 「株や土地は、買えば買うほどもうかる」と言われた時代。今なら、ハラスメントやコンプライアンス違反だらけの「精神力」が求められていたのかもしれません。

 連絡手段はポケットベル(ポケベル)が中心でした。会社からの連絡でポケベルが鳴ると、慌てて公衆電話に走ったものです。自動車電話を肩にかけて車外に持ち出せるショルダーフォンなんて代物もありましたが、重量は約3キロ。事件取材で使ったことがありましたが、正直邪魔でした。

 写真記者は撮影した写真を本社に届けるまでが仕事です。当時は固定電話回線を使った写真伝送だけでなく、無線伝送も頻繁にしていました。航空取材ではアンテナのある地方支局に無線伝送をして、専用線を介して本社に届けるなんていう技も使いました。

 公衆電話に駆け込み、口頭で事件記事の原稿を送ったこともあります。電話を受けた上司の能力が高いと、現場で慌てていたり動揺していたりする記者を落ち着かせて、要点を整理してくれるので楽でしたね。

 そういえば、公共の場での禁煙が常識となった今ではうそのようですが、駅でも路上でも喫煙が当たり前でした。地方の国鉄車両のボックス座席には灰皿がありましたね。あっ、栓抜きも一緒でした。

 バブル経済に世の中が浮かれる中、多くのものが姿を消しました。昔ながらの商店や民家は立ち退き、地上げで歯が抜けたみたいな土地があちらこちらにありました。今や都心の路上で遊ぶ子供たちは絶滅危惧種並みに見かけません。

 当時は何でもないような光景が、今となっては懐かしく思えます。

 会社の卒業を前に、社のアーカイブに「何でもないような光景」が意外に残されていないことに気づきました。ニュースメディアは紙面に載せる特別な出来事や話題を求めるからなのかもしれません。

 リンクの写真特集は整理、処理が面倒で放置されていた何でもない日常の写真群です。私自身が「消えゆく」前に、一念発起して私蔵写真をデータ化してみました。

 世代によって印象は大きく違うと思いますが、酒の席でのネタにでもなればうれしいです。「昔はな……」。年寄りの説教が聞こえてきそうですね。

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