<みんなの高校野球>中米で野球普及経験 甲子園で宣誓担った元球児、母校で再出発

2026/06/06 08:00 

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 中米の小さな国・ベリーズで野球の普及活動に携わった元甲子園球児が今春、母校で指導者の道を歩み始めた。

 なぜ、スポーツをするのか――。

 そんな原点に立ち返ることができた約1年半の活動だった。

 「やらされている人は一人もいなかった」。スポーツは楽しむものだと改めて教わった。

 ◇凸凹のグラウンドで……

 京都・福知山成美高男子硬式野球部でコーチを務める椎葉一勲(かずひろ)さん(36)は2024年8月に国際協力機構(JICA)の海外協力隊員としてベリーズに派遣された。

 「先生が見た世界を自分も経験してみたかったんです」

 高校時代の野球部監督だった田所孝二さんも協力隊員として中米のグアテマラで野球の普及に携わった。

 椎葉さんは大学院卒業後に約10年間、中学、高校で国語の教員を務め、充実した日々を送っていた。だが次第に、胸の奥にしまっていた思いが顔を出し始め、協力隊員を希望した。

 日本から1万キロ以上離れた地で出会った子どもたちは凸凹のグラウンドで裸足になって、ボロボロのボールを投げ合っていた。その瞳は輝き、喜びに満ちていた。

 かつての首都ベリーズシティーに派遣されて以降、普及活動として小学校や少年院、児童養護施設を回り、1カ月がたった頃に空き地で彼らと出会った。

 「指導者が何時に練習するからと指示を出すのが日本なら、ベリーズでは何時に練習しているから(指導者に)来てくれ、だった」

 周辺には民家が並び、近くで車も走っている。思い切りバッティングをすることはできない。基本的なボールの投げ方を中心に教えた。

 ベリーズは老若男女が楽しめるソフトボールが伝統的に盛ん。企業チームがあるほど人気がある。

 一方、野球に関してはチームすら存在しなかった。ただ、インターネットの普及により米大リーグの映像を見る機会が増えたことで、少しずつ興味を持つ人が増えていった。

 だが、野球用具をまともに取り扱っている店はない。周辺国から取り寄せるしかなかった。

 空き地で指導を始めた椎葉さんの活動を知った日本の友人や教え子らが支援してくれ、グラブやボールなど用具がそろった。

 活動期間も残りわずかとなった今年2月には練習の成果を発揮する場を作ろうと国内大会を開いた。4チームが出場し、DJが登場して飲食の屋台も並ぶにぎやかな雰囲気で大会は盛り上がった。

 ◇救われた母の言葉

 帰国後は声を掛けてもらっていた母校で勤務する。ベリーズでの経験を日本の高校野球でどう生かすか。

 「何か聞かれたら答えますが、押しつけることはしません。考える力を養ってほしいです。それが、高校3年間とベリーズで学んだ僕のアプローチの仕方です」

 そう語り、親元を離れて寮生活を送った高校生活を振り返った。

 当時は3学年で部員120人を超える大所帯。レギュラーをつかむのはたやすいことではなかった。公式戦はスタンドで仲間を応援し続けた。

 「つらすぎて野球も学校もやめたい」

 何度もそう思ったが、母律子さんの言葉が励みになった。

 「最後までやりなさい。すべてのことに意味があるから」

 最終学年を迎え、気持ちを奮い立たせた。結果が出なくとも後悔がないよう、努力を重ねた。

 自らで考えながらプレーするのがチームの方針だった。どうやったら打てるのか。試行錯誤を重ねた。

 バントの構えからヒッティングに切り替える「バスター打法」を試すと、力みなく自然とバットが出てきた。

 忘れもしないのが3年春の練習試合。バスター打法で1試合で2本塁打を放った。仲間から慕われる人間性も評価され、春の大会で初めて公式戦メンバーに入った。

 試合前には田所監督から思いがけない言葉を掛けられた。

 「ジャンケン、行ってこい」

 先攻・後攻を決めるためだった。チーム事情で不在だった主将に就くことになった。

 春の大会は京都大会で準優勝し、近畿大会は決勝まで進んで大阪桐蔭に打ち勝った。チームの中心で優勝旗を掲げた。

 挫折を乗り越えたからこそ、さまざまな立場の仲間の思いも理解できた。バラバラになりかけたチームを一つにまとめ、最後の夏は圧倒的な力で京都大会を制し甲子園に出場した。

 第90回記念大会で務めた選手宣誓では家族、仲間、先生らに対して感謝の言葉を述べ、「高校野球のすばらしさを伝えることを誓います」と思いを込めた。

 17年ぶりに戻った母校では「まずは一人の先輩として部員と向き合いたい」。一緒に食事を囲み、寮に泊まることもある。

 「いっぱい失敗して成長につなげてほしい。そのサポートができればいいかなと思っています」

 特に、結果を残せず悩む部員には積極的に声を掛ける。

 「すべてのことに意味がある」。今もそう信じ、温かい笑顔でそっと寄り添う。【村上正】

毎日新聞

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