<キャンパる>ガザ侵攻2年 イスラエル国内の分断にあらがうヘブライ大学の今
イスラム組織ハマスの襲撃を契機に、イスラエルがパレスチナのガザ地区に侵攻して2年となる。戦闘の長期化はパレスチナだけでなく、イスラエル国内にも深い傷痕を残している。エルサレムに位置する同国の国立ヘブライ大学で心理学を教え、暴力や紛争に関する人々の心理を研究するエラン・ハルペリン教授(50)がこのほど来日したのを機に、紛争がもたらした大学への影響や和平実現への思いについて伺った。【まとめ、法政大・園田恭佳(キャンパる編集部)】
◇善悪で語れない対立
――2023年10月7日、ハマスとの大規模な軍事衝突が始まった時の気持ちをお聞かせください。
◆あの日は、私の人生の中で最悪の日でした。私はイスラエルで生まれ育ち、戦争は常に身近にありました。軍にも所属し負傷したこともあります。しかしあの日、それまでのどの経験とも比べものにならない衝撃を受けました。女性や子どもの殺害や性暴力といった残虐行為を、身近な人々が被害者として経験することになったのです。事件の数日後、親しい研究者の友人から「1週間後にイスラエルが存在しなくなる可能性はあるのか」と電話を受けたことも覚えています。
――ご家族にはどんな影響がありましたか。
◆私は3人の子どもの父親です。彼らが自宅から拉致されるかもしれないと考えざるを得ませんでした。交流サイト(SNS)を通じて子どもたちが残酷な映像に触れてしまうことも大変懸念しています。見ないようにと言っても、好奇心が勝ってしまう。さらに問題なのは、テレビや新聞といった1次情報よりも、SNS経由の断片的なニュースに先に触れてしまうことです。
SNS上の言辞は過激化しやすく、どちらが良くてどちらが悪いといった白黒的な世界を描きます。わが家では政治についてよく話し、私の解釈や説明を子どもらに伝えるようにしています。私は「10月7日のハマスの行為は極めて不道徳だ」と言うのと同時に、イスラエルによる長年の占領がそれに影響してきた事実も伝えます。そして「イスラエルの対応は過剰である」という指摘もします。この対立は単純な善悪では語れず、もっと複雑な問題であると理解させることを、家庭内でも大事にしているのです。
◇「敵視」恐れるアラブ系の学生
――イスラエルには少数ですがアラブ系の市民もいます。大学にもアラブ系の学生が在籍しているそうですが、大学の状況について教えてください。
◆過去20年で、イスラエルの大学に在籍するアラブ系の学生の割合は大きく増えました。政府も受け入れを後押しし、統合を進めるための支援や対話プログラムも広がっています。しかし今回のハマスの襲撃以降、大学は非常に愛国的な雰囲気になりました。イスラエルでは国立大学が主流です。多くの大学は国家の一部とみなされ、軍と政府を支える立場が前面に出ました。その結果、アラブ系の学生は学内で敵視されるのではないかという不安を強く感じ、発言を控えるようになりました。
――教員として、紛争にどう向き合いましたか。
◆私たち教員は、戦争に反対する抗議の先頭に立った勢力の一つでした。大学は公的機関であり、教員も政府から給与を受け取っています。それでもイスラエルのほぼすべての大学で、約8割の教員が戦争の停止を求め抗議の意を示しました。こうした姿勢は、大学を学生にとって安全な場とするうえで、大きな意味があったと思います。
――学生が不安定な状況にある中、大学はどのような支援を行っていますか。
◆大学では、アラブ系の学生、ユダヤ系の学生、また予備役として軍務に従事する学生など、それぞれの事情に応じた支援を行っています。アラブ系の学生には個別に助言を行うサポートグループを設け、差別的な発言への苦情にも対応しています。軍務に就く学生の中には、友人を失ったり悲惨な場面を経験したりして心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱える者も多く、メンタルヘルスの支援に加え、学業面でも補講など柔軟な対応をしています。
私たちは多様な学生を同時に支える難しさに直面しながら、全ての学生に安心できる環境を提供しようとしてきました。大学が「平和の島」であることを目指し、キャンパス内の暴力を抑え、学生の安全を守り、構内の日常が維持されるよう最大限努力しています。
◇停戦拒む政府と国民には深い溝
――国内の分断や政府への信頼については、どう感じていますか。
◆今回の紛争が始まる前から、国内では右派政権に対する大規模な抗議が続き、政府への不信が広がっていました。衝突直後こそ抗議が止まりましたが、数カ月で分断が戻り、政府を信頼できないまま戦争を経験する状況が続いています。今年3月に地元メディアが公表した世論調査では、イスラエル国内で人質の解放と引き換えにハマスとの停戦を支持する人は約7割にのぼりますが、政府は停戦合意を拒んでおり、政府と国民の間には深い溝ができています。
――海外の大学による、イスラエルとの交換留学や共同研究といった学術的な交流の停止をどう見ていますか。
◆批判や停戦に向けて圧力をかけることは理解できます。しかし学術交流の停止は、戦争に批判的な大学や研究機関の力を弱めてしまう可能性があります。私は、イスラエルの大学との関係を停止することを検討している多くの欧州の大学と連絡を取り合っています。彼らがそうしようとしているのは、戦争を止めたいという思いからだとは理解していますが、その意図と実際の効果は必ずしも一致しないのです。
――ガザ地区の現状をどう受け止めていますか。
◆ガザは壊滅的で、飢餓も深刻です。毎朝届く映像を見るたびに胸が締めつけられ、夜も眠れません。私はガザで起きていることは間違っていると考え、街頭で抗議もしてきました。ただハマスが人質を拘束し続けている事実もあります。もし解放されれば戦争はすぐに終わるでしょう。しかし、だからといってイスラエルが不均衡な力を行使し、無実の人々を殺し、人道支援を止めることが正当化されるわけではありません。これは完全に誤りです。
◇長引く戦いの背景にある「自己正当化」
――紛争が長期化する背景や、人々が対立を受け入れてしまう心理について、研究者としてどのように分析されていますか。
◆人々は恐怖や暴力を経験すると、状況を単純化し「自分たちは常に正しく、相手は常に加害者だ」という物語を作り出します。2年前の紛争開始後、イスラエルでは「私たちは被害者で、平和を望んできたのに相手が拒んだ」という物語が広まりました。一方パレスチナでは「イスラエルは占領を続け、平和を望んでいない。だから力で状況を変えるしかない」という物語が強まりました。両者の認識は鏡のように映し合い、次の暴力を正当化してしまう。その結果、紛争は長期化しているのです。
――国際社会での報道をどう見ていますか。
◆イスラエルの長年の占領政策に対する批判は妥当な一方、ハマスによる民間人殺害や性暴力といった、非人道的行為が十分に伝えられなかった面もありました。結果として、イスラエルはこの地域における悪者と見なされています。そして、この12年ほど政府が和平交渉を拒んできたという事実も、国際社会がイスラエルを否定的に見る要因となっています。
しかし現実はもっと複雑です。ガザへの攻撃が過剰であるのは確かですが、同時にハマスが人質を拘束し続け、合意を妨げているのも事実です。私は力の強い側により大きな責任があると考えていますので、イスラエルへの強い批判は当然です。ただ同時にハマスの責任にも言及してくれるのなら、より多くの信頼性が得られると思います。
◇手遅れになる前に行動を
――紛争を終結させるためには、何が必要だと考えますか。
◆私が考えるポジティブな結末とは、ハマスがガザを統治しなくなるだけでなく、イスラエルも右派政権が国を支配し続けない状況になることです。パレスチナ側で平和を望む勢力と、イスラエル側の民主的でリベラルな人々が、サウジアラビアやエジプト、ヨルダンといった地域のより穏健な勢力と手を結び、和平合意に反対する過激派に対抗する必要があります。
和平合意は「ハマス対イスラエル」ではなく、「市民同士と地域の穏健勢力」間で行われるべきです。もし両側の過激派が残れば、人々は大きな犠牲を払っただけになってしまうでしょう。安全は軍事力ではなく、外交的な合意によってしか得られないのです。
――最後に、日本の学生へメッセージをお願いします。
◆私たちは長い間、パレスチナとの問題を「ある程度管理していれば大きな争いを生むことはないだろう」と先送りしてきました。しかし、ここ2年で多くの犠牲を目の当たりにし、問題には早く向き合うべきだと痛感しました。気候変動など他の課題でも同じです。危機は遠く見えても、やがて「自分ごと」になります。手遅れになる前に、複雑さを学び、対話を重ね、今から行動してほしいのです。
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