日本から嫁いだ「韓国の母」 旧王家の当主語る皇太子夫妻の人生

2026/05/02 12:42 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 朝鮮王朝の旧王族・李家の当主、李源(イ・ウォン)さん(63)が1日、毎日新聞の取材に応じた。源さんは最後の皇太子、李垠(イ・ウン)氏と、その皇太子妃だった方子(バンジャ)(日本名・まさこ)さん夫妻を供養する祭祀(さいし)を毎年、執り行っている。源さんは「韓日の若い人たちにも2人の人生の素晴らしさを知ってもらい、両国の親善と交流の発展につながれば」と訴えた。

 李家は14世紀末に王朝を打ち立て、1897年には「大韓帝国」を建国した。だが日本が1910年に朝鮮半島を植民地化。李家は日本の皇族に準ずる「王公族」として存続した。方子さんは日本の旧皇族・梨本宮家に生まれ、20年に垠氏と結婚した。

 日本の敗戦後の63年、夫妻は韓国に戻り、垠氏は70年に死去。方子さんは障害者支援などの福祉事業に取り組んで人々から慕われ、「韓国の母」とも呼ばれた。89年にソウルで死去した。

 命日は垠氏が5月1日、方子さんは4月30日。源さんら一族の人々は1日、ソウル近郊の京畿道南楊州(キョンギドナムヤンジュ)市にある夫妻の墓前で2人の祭祀を行った。在韓国日本大使館や梨本宮家の関係者も出席した。源さんは「韓日の交流の基礎となった方々であり、必ず記憶し、継承すべき貴重な歴史的価値がある」と強調した。

 結婚は、当時の日本が政治的に進めた「日韓融和」の象徴だった。源さんは「(結婚は)政治的なことだったが、結婚生活を通じて深い愛情の交流があった」と指摘。方子さんについて「韓国で『障害者の母』と呼ばれ、その生涯は今も深い感動と教訓を与えてくれる」とたたえた。

 日韓国交正常化60周年だった2025年には、一族の人々で作る団体が方子さんをテーマにしたバレエ公演などを支援した。源さんは「韓日は痛ましい歴史を抱えるが、民間外交の力で解決していけることがある。今後も2人の顕彰事業を通じて、両国国民にその素晴らしさを伝えることで、韓日がより深くより良好な関係へと発展することに寄与したい」と述べた。

 源さんは高宗(在位1863~1907年)のひ孫。李垠の子、李玖の養子となった。2005年から李垠夫妻を含む朝鮮王族の人々の祭祀を執り行っている。【南楊州・福岡静哉】

毎日新聞

国際

国際一覧>