政党のファクトチェックは「言論弾圧」の恐れ 識者に聞く問題点
参院選を前に、政党が人工知能(AI)を活用して偽情報を判別する「ファクトチェック」に取り組み始めた。偽情報の拡散が民主主義をゆがめることへの危機感からだ。ただ、政党が自ら真偽を判断することには疑問の声も上がる。認定NPO法人「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ)理事長で東大特任教授の瀬川至朗氏にファクトチェックのあり方を聞いた。【聞き手・畠山嵩】
◇AIは間違えることがある
――政治団体「チームみらい」の安野貴博氏が、交流サイト(SNS)の投稿を自動収集し、偽情報の可能性を判別するソフト「AIファクトチェッカー」を一般公開し、政党などへの利用を呼びかけている。どう評価するか。
◆おそらくAIが補助するファクトチェックというイメージなのだろう。
プログラムを少し分析した。ファクトチェックの中心部分は(対話型生成AIの)「チャットGPT」だが、その精度がかなり高くなるように工夫していると言える。そういった意味では評価はできるのではないか。
「優秀な助手」ではあるが、間違えることもあるし、調査が足りないこともある。(ソフトによる判別結果は)マニフェストに載っているかどうかなど、予備調査というレベルだと思う。
最終的な真偽検証は政党の人が行う。だから、そこには「政党にとってどうか」という考え方が当然入り、それをファクトチェックと言うのは誤用になる。(ファクトチェックの原則の一つである)非党派性・公正性に反しているからだ。
世界で共通して使われているファクトチェックという言葉は非党派性・公正性が基本だ。
第三者によるファクトチェックが基本なので、それを当事者が行うことはファクトチェックとは言わない。
(与党ではなくても)政党は権力の「予備軍」だ。その政党が「自分たちが行っていることはファクトチェックだ」と言うと、むしろ言論弾圧や検閲につながる。そうした認識がないことが非常に危うい状況だと言える。
◇避けられぬ党派性
――政党が判断すると、恣意(しい)的になりかねない。
◆党派性が入ってくると、それは避けられないのではないか。(AIを)助手にするのはよいと思うが、それをファクトチェックだとは言わないでほしいというのが私の考えだ。
もちろん、政党が根拠を持って偽・誤情報にきちんと反論するというのは大切なことだ。
デマなどが起きる原因は、政党の幹部や候補者らが、根拠が不十分なのに、自分に都合がよいように語ることもあるのではないか。
説得力のある言説で選挙戦を戦うことが一番重要だ。
――自分たちに都合が悪い情報を「これは偽情報だ」と政党が判断してしまったら、ファクトでも何でもなくなる恐れもある。
◆(ファクトチェックの過程などを)全て見せてくれるのであれば透明性という意味では担保されると思うが、党派性がある以上、それは難しい。
――仮に、政府も同様の取り組みを始めれば、民主主義の観点から危険をはらむ。
◆その点では、政府は今のところ慎重に見える。総務省の「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」の報告書では、有識者の意見としてファクトチェック団体は独立性が重要だということが盛り込まれていて、総務省はそれを尊重している。
一方で、政治家の粗い議論が出てきて怖さを感じている。政党が「これはうそだ」と言って情報を峻別(しゅんべつ)すること自体の危うさがあるのに気づいていない。
「AI」「ファクトチェック」、SNS時代の選挙はこれらの言葉で全てができるような感覚に政党も政治家もなっている。
ただ、そこに落とし穴があることを考えなければいけない。
◇政治家もメディアも危機感
――政党が「ファクトチェック」の名の下に、情報の峻別を行う背景にはSNSが選挙結果に非常に大きな影響を与えるという危機感があるのか。
◆そうだろう。兵庫県知事選では真偽不明の情報がそのままSNS上で拡散した。少なからず影響を受けた人もいただろうし、それが選挙結果に何らかの影響を与えたと考える。
今、政治家もメディアも次の参院選に向けて何か対応しなければならないと考えているが、こういった危機感が共通しているのだろう。
表現の自由と関係するので、丁寧に考えてやっていかなければいけない。
――ファクトチェックを巡り、国会やSNSを運営するプラットフォーム事業者には何が求められるか。
◆法律を作る際には常に、表現の自由を尊重することで偽情報の拡散を放置してもよいのかという問題が提起される。
表現の自由が重要なのは、戦前の経験にもあるように検閲と言論弾圧に直結するからだ。
特に偽情報は非常に微妙な問題を抱えている。国が情報の真偽を判断することになれば、言論の弾圧につながる法体系になっていく。そうした法制度にならないことを最低の条件として考えなければいけない。
ただ、法律は必要だ。プラットフォーム事業者による自主規制をいかに機能的に法制化できるか。そこを考えるのが国会の役割ではないか。
事業者も(SNSの閲覧数を増やして広告収入を稼ぐ)「アテンションエコノミー」について真剣に考えなければいけない。
注目されるものがビジネスにつながるという理由でSNSに取り入れてしまうと、今のように偽情報あるいはデマが拡散することになる。
事業者にも責任がかなりあると考えている。ある意味で偽情報や誤情報をビジネスにしている。こうしたモデルは変えていかなければいけない。
事業者自身も法律に頼るというよりも、健全な議論ができる空間を作るために自主的に対策を取るべきだ。
X(ツイッター)などは偽情報対策を行っていると思うが、十分には機能していない。第三者あるいはメディアによるファクトチェックに、事業者がSNSのデータ提供や資金面も含めて協力する仕組みを作るべきだ。
◇積み重ねが「羅針盤」に
――第三者によるファクトチェックを続ける意義は。
◆(偽情報を)信じている人はそう簡単には変わらない。「SNSで真実を知った」という人が、すぐ考えを変えたくないという気持ちを持つことも理解はできる。
ファクトチェックによって意見を変えるというよりは、まず、検証された事実関係に接触してもらうことが大切。それが次の行動を起こすきっかけになるかもしれない。また、その情報が本当かどうか迷っている人は多いので、そういう人にファクトチェックの結果が届くことが重要だ。
ファクトチェックの積み重ねは最終的に(正しい情報の)データベースになる。検索でファクトチェックに関する記事が上の方に出てくるようになれば(正しい情報に導く)羅針盤になる。
ファクトチェックの効果が分からないからしないというのはメディアの不作為だ。ファクトチェックは有効だという実証実験の結果も出てきている。既存メディアこそファクトチェックに取り組むべきだ。
◇せがわ・しろう
1954年、岡山市生まれ。東京大教養学部卒。専門は偽情報・誤情報とファクトチェック研究。2024年から東京大大学院情報学環総合防災情報研究センター特任教授。主な著書に「データが切り拓く新しいジャーナリズム」など。
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