「最後の願い」かなえたい 看護師が医療・介護支援付きホテル開業
医療・介護支援を受けながら宿泊できるホテル「Hotel QOL瓦町」(全5室)が高松市塩上町2に誕生した。国は、誰もが気兼ねなく旅行できる「ユニバーサルツーリズム」を推進しているが、医療・介護の支援体制まで整えたホテルは全国でも珍しいという。開業したのは訪問看護ステーションの運営会社「QOL」(同市)。社長の中村千明さん(44)が異業種への参入を決意したのは、ある末期がんの40代女性との出会いがきっかけだった。【佐々木雅彦】
中村さんは2003年に看護師になった。総合病院の勤務が続く中で「点滴や検査、記録などひたすら病棟業務に追われ、患者とじっくり向き合うことができない。してあげたいことが十分にできない」と悩むようになった。
14年に訪問診療クリニックで働く機会があり、在宅医療に関心を抱いた。数カ月後に看護師の夫とQOLを設立し、訪問看護ステーション「Qちゃん」を始めた。社員は看護師や理学療法士、作業療法士ら計11人だ。
「訪問看護の仕事内容は看護の基本だと感じる」と中村さん。1人に1時間程度対応し、患者の家族とも話をするようになり、末期がん患者の自宅にも度々訪問する。「次はこうしてあげたいといつも考え、半分家族のような関係になることも多い」
18年、末期がんの40代女性に出会った。訪問看護の利用者で、寝たきりの状態だった。夫と小学生の子ども2人の家族4人で旅行をして「思い出をつくりたい」という願いを持っていた。
中村さんらはさまざまな旅行会社やホテルに問い合わせたが、「旅行中に容体が急変したら対応できない」と難色を示された。約2週間後にやっと、医師の同行を条件に受け入れ可能なホテルが高松市内で見つかった。女性は家族旅行を果たし、間もなく亡くなった。中村さんは「受け入れ先は簡単には見つからない」という現実を知った。
その後も家族旅行を願う利用者はいたが、ほとんど実現できないままだった。ただ、短時間の外出は何度か支援してきた。香川を代表する景勝地・屋島(高松市)に「妻ともう1度行きたい」という末期がんの男性患者の願いをかなえようと、車で夫婦を連れて行った。写真を撮り、景色を楽しんでもらえた。「いつも行っていた漁港で釣りをしたい」という別の男性患者の希望をかなえる手伝いをしたこともあった。
「末期がんの患者には時間がない。普通に話せていても翌日に急に亡くなる方もいる。今できることは今しておかないと間に合わない」。自らホテルを開業することを考えるようになった。24年夏、繁華街に近い場所の土地を手に入れることができ、クラウドファンディングも活用して開業資金を調達した。
ホテルは2階建てで5室ともバリアフリー。家族での宿泊を想定して1部屋最大6人の利用が可能だ。風呂やトイレは介助者と一緒に入れる広さで、衣服が汚れても対応できる乾燥機付き洗濯機を設置。非日常空間を感じられるように、ベッドは介護用ではなくホテル仕様にこだわった。外食できない場合でも食事を楽しめるように各部屋にキッチンを備える。食べ物を飲み込む嚥下(えんげ)機能が低下していても食べやすいスイーツや、とろみのついた日本酒も提供できる。
医療・介護サービスは24時間対応だ。事前に打ち合わせをした上で、病状に添った旅のプランを提案し、当日はQOL社の看護師が対応する。訪問診療医や総合病院とも連携しており、体調に合わせた態勢を取る。
大切な人をみとった家族はどうしても「あれをやっておけばよかった」「こうした方がよかったのでは」と後悔してしまう。中村さんは「患者さんやご家族に、いい時間が過ごせたと思ってもらいたい」と願う。「Hotel QOL瓦町」は、患者の最後の願いをかなえ、家族の思い出づくりを支える。
◇広がれ「心のバリアフリー」
「ユニバーサルツーリズム」とは、年齢や障害に関係なく、誰もが安心して楽しめる旅行のこと。観光庁は地方自治体などの協力を得て、ユニバーサルツーリズムに積極的に取り組む観光施設や宿泊施設を対象にした「心のバリアフリー」認定を進め、バリアフリー化に必要な施設整備も支援している。
一方、「Hotel QOL瓦町」はユニバーサルツーリズムへの対応はもちろんのこと、その枠を超えて医療・介護支援を24時間受けられることが大きな特徴だ。四国運輸局観光企画課の担当者は「先進的な取り組みだ」と評価している。
同ホテルの宿泊費は1泊あたり1万円程度。支援の程度に応じて別料金が必要。支援の必要のない一般の人も利用できる。問い合わせはQOL社(087・899・7770)。
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