依頼拒否後に手続き 「賠償逃れ」認識か 工藤会トップ土地信託

2025/06/17 17:08 

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 市民襲撃事件で殺人罪などに問われた特定危険指定暴力団「工藤会」(北九州市)のトップで総裁の野村悟被告(78)=1審で死刑、2審で無期懲役、上告中=が複数の土地を親族に信託し、福岡県警が「被害者への賠償逃れ」と指摘した問題で、野村被告側から先に手続きを頼まれた弁護士が「差し押さえ逃れとみなされる恐れがある」と考え、依頼を断っていたことが関係者への取材で判明した。弁護士は「土地の名義変更はやめた方がいい」と助言したが、野村被告側は別の弁護士に依頼し、信託したという。

 使われたのは信託法に基づく「家族信託」で、老後などに備え、財産の管理・運用を親族らに託すことができる制度。管理を託された人(受託者)に財産の名義が移るため、元の所有者の債権者は差し押さえなどができなくなる。一方、当初から債権者を害する目的で信託された場合(詐害(さがい)信託)は、取り消し請求できる規定もある。野村被告側は、いったん依頼を断られた時点で詐害信託とみなされる恐れを認識した可能性がある。福岡県警は「賠償逃れだ」と批判している。

 県警によると、工藤会の壊滅を目指す「頂上作戦」が2014年9月に始まって以降、少なくとも17事件で野村被告を含む組幹部ら計39人が起訴された。被害者や遺族は順次、野村被告らに損害賠償を求めて提訴。野村被告が北九州市内にある自宅などの土地23筆(計7068平方メートル)を親族2人に信託したのは、一部の訴訟で敗訴が濃厚となった時期だった。

 関係者によると、3件の訴訟の審理が続いていた19年ごろ、野村被告の親族の指示を受けたとされる工藤会系組員が弁護士に「(野村被告の)土地の所有者を親族に変更したい」と相談した。だが、弁護士は、野村被告が事件の被害者らから複数の訴訟を起こされ、今後も提訴されるリスクが高いことから、財産を信託すれば「賠償逃れと言われかねない」と判断。組員に「賠償逃れと指摘される」とまでは明言しなかったが、「名義変更は危険。我々はできない」と伝えて断ったという。

 しかし、野村被告の親族は19年秋ごろ、別の弁護士に再び依頼。20年6月と10月の2回に分け、23筆の土地と自宅が親族2人に信託された。これにより、被害者らは勝訴しても、賠償金を得るために野村被告の財産の差し押さえなどをすることが困難になった。

 信託の手続きをした弁護士は毎日新聞の取材に対し、野村被告の親族から「所有地を有効活用して納税資金等に充てたい」と相談されたと説明。所有地の多くは駐車場で、信託の利用に適していると考え、福岡拘置所(福岡市)で勾留中の野村被告に面会して了解を得た上で手続きしたという。事前に別の弁護士が依頼を断ったことは知らなかったとし、「親族からは『別の弁護士に相談して生前贈与を検討したが、贈与税が高いので諦めた』と聞いただけ」と回答。当時は新たな訴訟が起こされることは予想できなかったとし「(事件の被害者らが)仮差し押さえができなくなったのは結果論。(賠償逃れが)信託の目的ではない」としている。

毎日新聞

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