「生きてさえいれば何とかなる」 がん患者が語る、仕事を続ける意味

2025/11/10 07:15 

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 がん経験者とともに治療と仕事の両立について考えるセミナーが、盛岡市の岩手県産業会館で開かれた。国立がん研究センターの統計によると、日本人が一生のうちにがんと診断される確率は2人に1人。医学の進歩で、がんで通院しながら働く人は約50万人(2022年の推計)に上る。主催したNPO法人・日本がんサバイバーシップネットワーク(東京都、略称・がんサバネット)は「がん患者や家族らが充実した人生を送ることができる社会」を目指している。【山田英之】

 7日に開催されたセミナーで、がんサバネットの高橋都代表理事は、がんの平均入院日数が35日(02年)から14日(23年)に短くなったことを示す調査を紹介。「治ってから復職」ではなく、「治療しながら働くことが当たり前の状況になっている」と語った。

 一方で「がんになったら、もう働けないだろう」という偏ったイメージが企業関係者や本人にあったり、治療開始前に仕事を辞めてしまったりする人が多いデータを示して「一度辞めると、雇用で守られているさまざまな権利を失う。早まって辞めてはいけません」と呼びかけた。

 岩手銀行常務で、舌がん経験者の菊地文彦さん(59)は、舌のほぼ半分を切除。話すことや味覚に障害が残った。手術や再発を経て退院、23年に復職した。仕事を続けることができた理由に、遠隔で働ける環境▽主治医や医療関係者の支援▽上司、同僚、関係先など仲間の応援や仕事のカバー――を挙げた。活動量は全盛期の2割になったという菊地さんは「治療に専念して復帰してもらう姿勢を経営陣が示すことが重要」と話した。

 サッポロビール人事総務部プランニングディレクターで、食道がん経験者の村本高史さん(60)は声帯を摘出。声帯を使わない食道発声法を習得して声を取り戻した。発声教室で出会った同じ境遇の仲間の姿に感動し、「生きてさえいれば何とかなる」と勇気や希望をもらった。村本さんは働くことの意味を「生と死の不安がある中で、人とのつながりを実感し、自らの存在価値を再確認すること」と考えている。

 岩手医大付属病院の近藤昭恵・医療ソーシャルワーカーは「主治医でも患者がどんな仕事に就いているかを詳しく知っている人は多くない。ソーシャルワーカーが、患者と主治医や勤務先との橋渡しをする」と言い、両立支援の関係機関を紹介した。

 父親をがんで亡くした田鎖愛理・岩手医大講師は「高齢の労働者が増え、両立支援の重要性は増している。就業規則をしっかり読むことが、自身を守ることにつながる。規則や法律を味方につけてほしい」とアドバイスした。

 がんサバネットは、首都圏以外でのセミナー開催、がん経験者の体験談や医療関連情報の発信に取り組んでいる。

毎日新聞

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