旧優生保護法、補償法施行から1年 悩む自治体「国が後押しを」
旧優生保護法(1948~96年)下で強制不妊手術を受けた被害者らへ補償金を支給する法律(補償法)が施行されてから17日で1年となった。だが、補償がなされた人は一部にすぎず、被害者の掘り起こしは都道府県に丸投げに近い状態だ。申請期限は法施行から5年と限られ、障害者支援団体から「国の後押しが必要だ」との声が上がる。
「人手不足の病院に時間を割いて資料を探してもらう必要がある。医者の世界は狭く『先生、こうした資料はないですか』とお願いすることでスムーズにいくことがあります」。産婦人科医の経験があり、福岡県から2025年3月に嘱託医として任用された中村泰久さん(57)はこう話す。
県が中村さんを任用したのは、強制不妊手術の被害者掘り起こしを進めるにあたって生じる困難を打開するためだ。カルテなどの資料を医療機関に提供してもらう必要もあるが、資料が古くなっていて簡単に進まないこともある。そうした際に、中村さんが間に立ってサポートしたりする。
また、被害者が補償を申請する際に添付するカルテには、ドイツ語や産婦人科医でなければ分からない略語などが含まれるため、月2回ほど県庁を訪れて書類内容を確認。申請がスムーズに進むよう支援もする。
補償法には、不妊手術を受けさせられた被害者に1500万円、配偶者に500万円を支給し、被害者らが死亡している場合は遺族が請求できることが定められている。一時金として、不妊手術の被害者本人に320万円が支給される法律が19年に先行して導入されたほか、中絶手術を強いられた人にも200万円が支給される。
旧法による手術の実施件数は、不妊手術が約2万5000件、人工妊娠中絶が約5万9000件とされるが、1~11月の累計の補償金等認定件数は1560件にとどまる。高齢や障害の重さ、偏見の恐れから被害を名乗り出ることができない人も多いとされ、本人が亡くなっている事例もある。
◇試行錯誤する自治体
都道府県側からすれば、公文書などに被害者の氏名や当時の住所の記録が残っていても、長い時間がたっていて現在の所在地にたどり着くことは容易でない。福岡県の取り組みは、カルテなどに残る情報から被害者の所在の糸口を探ろうとするものだが、積極的に進める都道府県は限られる。
さらに、被害者らの所在が判明しても、本人や関係者への「個別通知」には困難が伴う。被害者は障害を抱えるうえ、周囲に手術を知らせていなかったり、通知によって当時の記憶が呼び起こされ心理的な負担になったりすることが想定されるためだ。こうした事情から、国は一時金を受け取っていない被害者の個別通知の実施を義務づけず、自治体の裁量としている。
先行する自治体は試行錯誤を重ねる。福岡県では弁護士や障害者団体などから成る検討会議を設置し、意見を聞きながら個別通知を実施。担当者は「声かけ方法や周知の仕方に加え、関係者の協力をどう得るかが重要だ」と強調する。大分県は県弁護士会と連携し、被害者が死亡している場合の通知の法的助言を得るなどしている。
個別通知の実施でも都道府県間で差があり、国が25年8~9月に実施した調査では、25自治体が25年度中に個別通知を「実施する予定はない」と回答。12自治体が「通知対象者への通知方法」を課題に挙げた。このほか、「転居などに伴う通知対象者の追跡」「対応する職員の不足」などで困難が生じている実態も訴える。
個別通知をしていない西日本の県の担当者は「一時金を受け取っていない被害者へのアプローチは慎重さが求められる。国がマニュアルのようなものを示してくれればいいが、現状は簡単ではない」と漏らす。
政府関係者は「補償法の情報が届いていないことが課題だ。弁護士による手続きのサポートがあることも知られていない。被害者が多くいると思われる障害者施設に集中的に呼びかけていくことが一つの方法だ」と強調。個別通知には「知られたくない人のところへ通知を送るという強制はできない」との立場だが、「実行している都道府県のノウハウを共有し、推奨していきたい」と述べた。
◇「まだ終わっていない」
優生保護法下の強制不妊手術を巡り全国で初提訴し、24年に仙台高裁で和解が成立した60代の佐藤由美さん(仮名)の義姉にあたる路子さん(同)は「国が作った法律のために犠牲になった。国は被害者を掘り起こし、補償につなげる責任がある」と訴える。
申請をためらう被害者らには「迷い、苦しんでいる人もいると思うが、正々堂々と申請してほしい。これからの人生でどこかへ遊びに行けたり、おいしいものを食べたり、これまでできなかったことを補償金で実現し、これからの人生を楽しんでほしい」と話す。
優生保護法問題の全面解決をめざす全国連絡会の石原健一郎事務局次長(45)は「旧優生保護法の問題は、最高裁判決ですでに解決したと思われている人もいるが、まだ終わった話ではない。作業を担う都道府県の足並みをそろえられるよう、国は後押しすべきだ」と語る。【宗岡敬介、近森歌音】
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