水俣病公式確認から70年 患者認定や損害賠償訴訟、今もなお

2026/05/01 05:00 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 1956年5月に水俣病が公式確認されて1日で70年が経過した。熊本県水俣市では30日、石原宏高環境相が被害者団体と懇談したが、団体側が求める救済の拡充に踏み込むことはなかった。高度経済成長期に企業活動が環境汚染を引き起こし、人々の命と暮らしを奪った「公害の原点」が残した課題は依然、解消していない。

 市の水俣病資料館では、被害者らから提供された遺影や水俣の日常を捉えた写真を100点以上展示している。93年1月の開館以来、約125万8000人(3月末時点)が来館。患者や家族が「語り部」として来館者に経験を伝え継いでいるが、高齢化が進み、担い手の減少にも直面している。

 チッソ水俣工場(水俣市)がメチル水銀を含む排水を海へ流し、汚染された魚を食べた住民らが発症した。国が公害病と認めたのは公式確認の12年後で、この間に被害は拡大した。初期には激しいけいれんを起こす劇症型の患者が確認された一方、現在は手足のしびれなど慢性型の症状に苦しむ人が多く、患者認定や損害賠償を求める訴訟が続いている。

 5月1日は水俣市などの主催する犠牲者慰霊式が水俣湾埋め立て地で営まれる。【中村敦茂、諸隈美紗稀】

毎日新聞

社会

社会一覧>