「本能寺の変」当日の書状見つかる 秀吉軍と対陣、切迫の戦況伝え
織田信長が討たれた「本能寺の変」があった1582(天正10)年6月2日、備中高松城(岡山市)を包囲する羽柴(豊臣)秀吉と対陣していた毛利氏一門の武将が残した書状の原本が見つかった。調査した東京大史料編纂(へんさん)所の村井祐樹准教授(日本中世史)によると、秀吉の水攻めで有名な戦いを、敵対した側の視点でリアルタイムに記した1次史料の確認は初めてで貴重という。
書状は、毛利元就の次男・吉川元春から重臣の今田経高宛てで、縦28センチ、横47センチ。今田家は、関ケ原の戦い後に岩国(現在の山口県岩国市)に移封された吉川家で家老職を務め、その子孫が2023年度に岩国市立博物館「岩国徴古(ちょうこ)館」に史料約300点を寄贈した。同館では、江戸時代に作られたこの書状の写しを所蔵していたが、寄贈史料の中に原本を発見し、村井准教授が花押や筆跡などで確認した。
秀吉は信長の命令で中国地方の覇者・毛利氏を討つ「中国攻め」に1577年から乗り出していた。一方、元春は弟の小早川隆景と共に「毛利の両川」として毛利家を支える立場にあり、当時は備中高松城の救援に駆けつけていた。
書状では、城から約2キロの岩崎山に5月21日に到着し、秀吉軍と対陣していると説明。「(敵は)川の水を流して下手をせき止めて、包囲して責め立てているので、こちらからの加勢も、城内の士気をあげることにならず、毎日心配している」と毛利氏の苦戦ぶりを明かし、「この期に及んでは『安否の一戦』(勝算も定かでない決戦)を行うほかはない」と切迫した戦況を伝えている。
6月3日深夜から4日未明に本能寺の変を知ったとされる秀吉は、信長の死を隠したまま毛利氏と和睦。信長を討った明智光秀を倒すため、岡山から京都に全軍を向ける「中国大返し」をしたことで知られる。
本能寺の変を巡っては、和睦後に信長の死を知った毛利氏が秀吉の背後を突かなかったことから、事前に両者の間に密約があったとの説もある。村井准教授は「勝ち目がないとみていた毛利氏にとって、秀吉からの和睦の申し出は渡りに船だったのではないか。この書状の出現で密約説は明確に否定される」と話した。
書状は6日から岩国徴古館で展示される。【大山典男】
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