停電、断水、熱中症 「これからどうなる」兄亡くし一睡もできず

2026/07/29 11:51 

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 真夏の熊本県を襲った地震は発生から一夜明けた29日、甚大な被害の一端が明らかになってきた。被災地では、広範囲の停電や断水の影響で役場の機能がストップし、指定避難所を開設できない自治体も出ている。「これからどうなるのか」。突然の激震に見舞われた住民たちは先が見えない状況に不安を抱え、大切な家族を亡くした住民は悲嘆に暮れた。

 ◇避難所開設できず、住民ら車中泊も

 「私たちも動きようがない状態だ」。最大震度7を観測した氷川町の町役場。防災担当の坂井寿弘管理監はため息をついた。

 町役場は地震発生直後から停電と断水に見舞われた。非常用発電機を使用し、一部の電灯はついているが、29日朝の時点で庁舎内のパソコンはすべて使用できなくなった。このため、住民の安否や避難に関する情報、災害発生場所などを知らせる町の「防災サイト」は情報の発信や更新が一切できていない状況だ。

 町内は各地で道路に亀裂や段差が生じ、あちこちで家屋が倒壊している。しかし、町内11カ所の福祉センターなどの指定避難所も開設できず、被災した住民は屋内施設に避難できていない。やむを得ず、町は防災無線を使って、小学校3校と中学校2校の校庭を「車中泊」用の避難所として開放すると知らせた。

 ◇避難生活に「熱中症も心配」

 車中泊して一夜を過ごした自営業の岩岡重美さん(79)は、妻みちよさん(77)と2人でリビングのソファに座っていたところ、地震が発生。体が外に投げ出されそうになるほどの揺れが収まり、慌てて外に出ると、向かいの家が全壊していた。重美さんは「後始末をしないといけないので今からが大変だ。金も力もいる」とやりきれない様子。みちよさんは「昨晩は娘の勤務先の会社事務所に避難させてもらったが、復旧が遅かったら避難生活を続けないといけない。暑いので熱中症も心配だ」と不安そうな表情で話した。

 ◇「ガソリンスタンドもコンビニも…」

 農業を営む木村浩徳さん(66)は家族3人で自宅にいたところ、地震にあった。いきなり「ドン」という横揺れが来て一瞬で家の中の家具などが倒れたため、慌てて外に出たところ、自宅に隣接する2階建ての倉庫兼車庫が全壊したという。「10年前の熊本地震とは比べものにならない地震だった。生きるか死ぬかのところで家の中から出てきた」と振り返った。

 自宅の中はガラスが散乱するなど足の踏み場がない状態だといい、木村さんは家族とともに昨夜は車中泊をして一夜を明かした。だがガソリンがなくなることが心配で、ほとんど車外で過ごした。余震も断続的に続き、寝られなかったという。

 木村さんは「ガソリンスタンドもコンビニもやっていない(営業していない)」と途方に暮れたように話し、「仮設住宅など避難する場所を早めに準備してもらい、倒壊した家屋を解体する段取りもしてもらいたい」と、行政による早期の支援を求めた。

 ◇地震続き「全然眠れない」

 震度6強を観測した八代市。「八代コミュニティセンター」に開設された避難所では、自宅やライフラインに被害を受けた住民ら約140人が繰り返す余震におびえながら一夜を明かした。

 藤本富雄さん(77)、和子さん(76)夫婦は、近くの自宅の駐車場で車中泊をし、夜が明けると避難所に入った。自宅の中はたんすが倒れたり、食器が割れたりして、足の踏み場もない状態になった。電気、水道も止まったため料理もできず、昨晩はビスケットを食べてしのいだという。

 和子さんは「車中泊をしたワゴン車の中でもしょっちゅう揺れて、全然眠れなかった」と疲れた様子。富雄さんは「しばらくここで過ごすかもしれないが、人が多いから、どうなるかわからない」と不安そうに話した。

 ◇地震発生後、姉から電話が

 一方、最大震度7を観測した宇城市では倒壊した自宅の下敷きになり、農家の杉浦臣夫さん(73)が亡くなった。同居していた弟の成生さん(67)は「せめて苦しんでいなければいいな。今はそんなことくらいしか考えられない」と肩を落とした。

 自動車整備業の成生さんは地震発生後、姉から職場に電話があった。臣夫さんと連絡がつかないという。急いで帰宅すると、臣夫さんはベッドの上で寝ている状態で見つかった。顔には崩れ落ちたとみられる梁(はり)のような木材がのっていた。

 それから車中泊したが、一睡もできなかった。成生さんは臣夫さんについて「寡黙な人だったが、友人は結構いた」と振り返った。それ以上、言葉が続かなかった。【木下翔太郎、中村敦茂、滝川大貴】

毎日新聞

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