父死去の判明は10年後 シベリア抑留者の遺族が明かした悲劇

2026/10/07 17:13 

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 財団法人「全国強制抑留者協会」(全抑協)は6日、東京都内でシベリア抑留の犠牲者を悼む「中央慰霊祭」を開いた。遺族代表であいさつした坂上勝栄さん(81)は、酷寒の地で無念の死を遂げた人たちに思いを寄せ、「安らかにお眠りください」と祈りの言葉をささげた。

 坂上さんの父、水野寅蔵さんは第二次大戦終戦直後に日本領だった南樺太(現サハリン南部)で拘束され、1947年1月に移送先の西シベリア・クラスノヤルスク地方で亡くなった。

 だが、すぐには家族に通知されなかった。消息を追う母トシさんは新聞に掲載されたシベリアからの帰還者名簿に目を通したり、帰還した人たちを訪ね歩いたりしたという。「母は諦められませんでした」と坂上さんは語る。父の最期が判明したのは死去から10年近くが経過した時分だったが、今に至っても埋葬地はわからない。

 坂上さんは2007、08年と続けてクラスノヤルスク地方を訪れ、日本軍やドイツ軍の兵士らが混在して埋葬された墓地に足を運んだ。異境の地で亡くなった人たちを思うと「寂しくて、さぞかし無念だったと、計り知れない悲しみがこみ上げました」と振り返った。

 ソ連は第二次大戦終結直後の45年8月下旬、シベリア抑留を始めた。厚生労働省によると、推計57万5000人以上の日本軍の兵士や軍属らがソ連や隣国モンゴルの各地に移送され、過酷な労働を課された。抑留は最長で56年まで続き、5万5000人以上が命を落とし、今でも3万柱以上の遺骨が戻されていない。【大前仁】

毎日新聞

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