ワカメ漁師「ロープ1本もない」 山林火災の延焼被害、再建に不安
平成以降最大の山林火災が岩手県大船渡市で発生してから20日あまりが過ぎた。避難所に身を寄せる人も徐々に減り、以前の日常に戻る人も増えている一方、住宅が全焼したり、生計の手段を失ったりした人たちには不安や戸惑いも広がっている。
2011年の東日本大震災と比較し、今回は同じ地区でも風向きなどにより、被害が激しい建物がある程度限られているという背景がありそうだ。
◇被害の激しいエリアでも延焼程度に濃淡
9日の避難指示解除後に通れるようになった三陸町綾里(りょうり)や赤崎町外口などの道路脇には、至るところに根本が真っ黒に燃えた山林やがれきと化した住宅跡などが目に飛び込む。
市の調査では全焼住宅は76棟、住宅以外は95棟。ただ被害が激しかったエリアでも、全焼した住宅のすぐ隣でも目立った被害がないなど、延焼状況には濃淡がある様子がうかがえる。
「不安だらけ。(生活再建の)見通しがとにかく立たないんですよ」。14日に市役所本庁舎で罹災(りさい)証明書発行を終えた三陸町綾里のワカメ漁師、熊谷将総(まさのぶ)さん(47)はそう訴えた。
仕事道具を保管する倉庫が全焼。船は無事だったが、ボイラーやかご、クレーン、刺し網など、ワカメやタコなどの漁に必要な道具一式を失った。一家5人で暮らす自宅も一部損壊し、今は市内で家を借りている。
綾里漁協では「ワカメを収穫しないと共済金は下りない」と説明されたといい、「ロープが1本も残ってないのにどう海へ出ろというのか。震災のときと違って火事の被害は地区の中の一部だけで、やられ損だ」と語気を強める。
例年なら3月はワカメの水揚げシーズン真っ盛りだ。「港には既にワカメ刈り取りの準備をしている船もいたが、今は見るのもつらい」とこぼした。
◇30年分のレシピも、思い出の工場も
綾里地区にあるウニやアワビ、海藻類の水産加工場「中島商店」の跡地では13日、男性代表(66)が損害保険会社社員との打ち合わせをしていた。約160平方メートルの工場が全焼し、中にあった塩水加工用の機械や冷蔵庫、在庫などを全て失った。
火災当時、仕入れたひじきを車で運んで帰る途中で充満する煙に遭遇し、大船渡町の自宅に避難した。「テレビで何度も上空からの映像を見て、(全焼だと)諦めていた。避難指示解除後にこの目で見たら、やっぱり使えるものは一つも無い。鉄だけですね」。淡々とした口調の中に、むなしさもにじむ。
工場は14年前も津波で流されており、復興支援事業で費用の4分の3の補助を受け、高台に移転していた。それから14年後の「二重被災」。震災前からの分も含めた30年分の商品や試作品のレシピを、記憶を元に紙の資料にまとめていたが、思い出の詰まった工場とともに失われた。
事業再開については「今収入源もなく保険金もまだ下りない。震災の時の借金も返している途中だった。まだ見通しは立たない」という。全焼と、延焼を免れた建物が混在する状況に「命運がはっきりしてる感じ。風向きなのかね」とつぶやいた。
◇避難所3カ所目「落ち着かない」
10日に避難指示が全解除された後は避難者が徐々に減り、13日時点では56人となった。12日には福祉避難所以外は福祉の里センター(立根町田ノ上)と三陸B&G海洋センター(三陸町綾里)の2カ所に集約された後、同センターの避難者らは15日、設備がより整っているという綾姫ホール(同)に再び移動した。
14日夜に同センターであった住宅説明会に参加した綾里地区の介護福祉士、泉恵さん(45)は、夫と小学生の子ども2人の計4人で暮らしていた自宅が全焼した。15日に綾姫ホールに移ったが、「避難所は次で3カ所目になるので本当に落ち着かない。避難生活がまだまだ続くと思うと気が重い。安心して住める場所や空間がほしい」と吐露した。
震災時には日本赤十字社から家電セットの寄付があったが、市によると今回は予定されていないという。泉さんは「着の身着のままで逃げた人が買いそろえるのは大変だ」とも話し、今後の住宅再建については「子どもがまだ小さいので新しい家でと思うが、すぐにはいかない。まずは公営か仮設住宅に入り、今後のことを考えたい」としている。【西本紗保美】
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