<ファクトチェック>「中国人留学生に1000万円」はミスリード 参院選で同調候補も

2025/07/16 16:00 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 日本政府は中国人留学生に返済義務なしの奨学金1000万円を支給している。それなのに、日本人学生は奨学金で借金漬け――。こんな投稿が交流サイト(SNS)で広がっている。参院選でもこうした言説に同調する訴えを展開する候補もいる。

 1000万円支給の支援制度は「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)」だとされる。この支援制度は日本人を主な対象として支給する一方、多くの留学生にも門戸を開いてきた。返済が必要な奨学金を受給している日本人学生が一般的に多いことは事実だが、それを引き合いに「中国人留学生には奨学金1000万円を渡している」と述べるのは中国人留学生が優遇されているとの誤解を生むミスリードだ。

 ◇国籍を問わない

 文部科学省が所管する科学技術振興機構(JST)によるSPRINGは、博士後期課程に進む学生が減少傾向だったため、優秀な学生が研究に専念できるよう2021年度に始まった。大学院の博士後期課程で学ぶ学生に、最大3年間(4年制は4年間)、年間最大290万円を生活費や研究費などとして支給。このことから、「約1000万円の奨学金」として拡散されているとみられる。

 SNSでは「日本の学生には奨学金という名の借金を背負わせ、中国人留学生には1000万円支給? なぜ日本人が冷遇され、外国人が優遇される?」という投稿や、「日本政府が中国人留学生に1人当たり1000万円支援」とのまとめサイトの記述を引用して「何やってんの」などの投稿があり、3000万回以上表示されたものもあった。

 文科省によると、SPRINGは主な支援対象を日本人と想定していたが、国籍の要件を設けず、多くの留学生が支援を受けてきた。24年度の支給実績は全体の1万564人のうち、日本人は6割(6439人)、外国人留学生は4割(4125人)。このうち中国人は3151人と最多で、全体の3割近くに上る。ただし、文科省によると、審査で特定の国を優遇していないという。

 ◇生活費は日本人限定に転換方針

 日本人学生を主な対象にしていたにもかかわらず、実態として留学生への配分が多くなったことを受け、文科省は「制度本来の目的に立ち返る」として6月、生活費相当分(年間最大240万円)の支給は日本人学生に限定する方針を科学技術・学術審議会の人材委員会ワーキンググループに示した。26年度以降に見直しが実施される。

 当初、国籍要件を設けなかった理由について文科省は「科学技術のイノベーションのために海外からきた留学生と切磋琢磨(せっさたくま)することは好ましいと考えていた」と説明する。

 ◇参院選で同調する訴え

 SPRINGが留学生だけを対象とした制度ではない上、留学生に支給する運用を見直す方針が議論されているのにもかかわらず、今回の参院選では「中国人留学生に1000万円を渡している。それなのに日本人学生は奨学金で学校に通っている」とミスリードする言説に同調する候補者もいる。

 京都選挙区に立候補している参政党の谷口青人氏は8日、龍谷大深草キャンパス(京都市伏見区)付近で行った街頭演説で「龍谷大学も今、中国からの留学生が非常に多くなっていると聞いている」と前置きし、「日本人の学生はみんな奨学金、借金をして学校に行っている。そんな本当に厳しい状況の中で、なぜ海外からの留学生に奨学金を日本政府が出すんですか。おかしくありませんか」などと発言。別の演説では「中国からの留学生に1000万円の奨学金を出したりと海外に対して優遇するような政策が非常に散見をされています」と語っている。

 また、神奈川選挙区の参政党候補、初鹿野(はじかの)裕樹氏も4日の街頭演説で「外国人留学生が、1人につき1000万円返済する必要のない給付金をもらえるんですよ。日本の子どもたちは家庭の事情でやりたいこともできない、学びたいことも学べない。進学を諦めて働く子もいる。2人に1人は奨学金もらって、300万も400万も教育ローンを負うわけですよ。大学卒業したら借金まみれで社会人スタートですよ」と述べていた。

 ◇留学生33万人のうち国費は2・8%

 外国人留学生への日本政府の支援には返済不要の「国費外国人留学生制度」もある。この制度は優秀な外国人留学生のみを対象としており、支給されている留学生はごく一部だ。

 文科省によると、在籍する大学や大学院、年齢などに応じ、月額11万7000~24万2000円が支払われる。授業料は免除され、母国との往復旅費も支給される。制度は1954年に始まった。

 全国の留学生は24年5月現在で33万6708人。多くは私費で留学しており、制度を利用する留学生は9304人と全体の2・8%だ。

 制度を利用する留学生を国別でみると、中国人が多いわけでもない。中国人は617人、タイ人は618人、ベトナム人は619人と同程度の人数で、インドネシア人は1163人いる。

 文科省へは「中国人留学生が制度の大半を占めているのでは」との問い合わせもあるというが、文科省の担当者は「中国人だけ支援を厚くすることはない」とし、「海外から優秀な留学生を受け入れ、国際交流などを進めることができる。この制度を使い成長した人材が活躍することで、日本社会の発展や国際社会でのプレゼンスの向上につながる」と制度の意義を語る。【参院選取材班】

 ◇外国人留学生に関する谷口氏の演説

 参院選京都選挙区に立候補している参政党新人、谷口青人氏は街頭演説で外国人留学生への支援に関して以下の通り、訴えた。

 <8日、京都市の龍谷大深草キャンパス付近で>

 龍谷大学も今、中国からの留学生が非常に多くなっているというふうに聞いておりますが、今、日本政府、海外の留学生に対して奨学金を出しているんですね。海外からの留学生に対して奨学金を出し、そして、ある政治家は「海外からの留学生は日本の宝だ」というふうに言っている、こんな状況です。けど皆さんよく考えてください。日本人の学生さん、みんなね、奨学金、借金をして学校に行ってる。そんな本当に厳しい状況の中で、なぜ海外からの留学生に奨学金を日本政府が出すんですか。おかしくありませんか。本来、私たちが大切にしなければいけないのは日本の子どもたちじゃないんですか。今本当におかしな状況になっている。日本の政治家、海外にばっかりお金ばらまいたりとか、海外からの留学生にお金出したりとか、そんなことばっかりやっているんですよ。

 <10日、京都府綾部市で>

 今、日本政府、海外にお金をばらまいたり、そして、中国からの留学生に1000万円の奨学金を出したりと海外に対して優遇するような政策が非常に散見をされています。ただ、私たちの大切な税金そして予算、本来使わなければいけないのはこの国、この日本の国益のためにその予算を使うべきなんです。残念ながら海外に顔を向いてる政治家さんには今回の選挙、しっかりとおきゅうをすえなければなりません。私たち参政党は日本人ファーストの政策を掲げ、そして日本の国益を真に考える。そういった活動を今、進めております。

 ◇外国人留学生に関する初鹿野氏の演説

 参院選神奈川選挙区に立候補している参政党新人、初鹿野裕樹氏は街頭演説で外国人留学生への支援に関して以下の通り、訴えた。

 <4日、神奈川県横須賀市のJR衣笠駅で>

 外国人留学生が、1人につき1000万円返済する必要のない給付金をもらえるんですよ。1人1000万円ですよ。日本の子どもたちは家庭の事情でやりたいこともできない、学びたいことも学べない。進学を諦めて働く子もいる。2人に1人は奨学金もらって、300万も400万も教育ローンを負うわけですよ。大学卒業したら借金まみれで社会人スタートですよ。結婚して夫婦で奨学金借りていたら、2人で1000万円近いお金を返していかないといけないんですよ。

 でも、我々の税金で外国人留学生が優遇されているとしたら、1人1000万円もお金がもらえる。そして入学金もタダ学費もタダ、そしてアパート代の補助も出て、年に1回、国に帰る飛行機代まで出る。ここまで至れり尽くせりで。別にいいですよ。いいんですけれども日本の子どもたちが可哀そうでしょと言ってるんですよ。この給付型の奨学金、本当に少し考えた方がいいんじゃないかな、と。

 我々参政党は外国人留学生歓迎していますが、日本の子どもたちが本当に困っているんだから、日本の子どもたちをまず見てくれないか、と。日本の子どもたち、未来の宝ですよ。子どもたちがいないとこの日本は成り立たないですから。

 ◇ファクトチェックの判定基準は

 ファクトチェックは特定の主義主張や党派などを擁護、批判することが目的ではありません。社会に広がっている情報が事実かどうか調べ、正確な情報を読者に伝えるのが目的です。これは国際ファクトチェックネットワーク(米国、IFCN)が掲げる国際的な原則「非党派性・公正性」に基づいています。

 記事はNPO「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ)のガイドラインに基づき、チェック対象の情報について表の通りの基準で真偽を判定(レーティング)しています。

毎日新聞

社会

社会一覧>