秋山豊寛さんから毛利衛さんへ 宇宙「先に行って申し訳ない」

2026/09/01 21:45 

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 1990年に日本人初の宇宙飛行を果たした元TBS記者の秋山豊寛さん(84)が死去した。日本の宇宙飛行第1号は秋山さんだったが、宇宙開発事業団(現・宇宙航空研究開発機構)の初代宇宙飛行士を務めたのは、北海道大客員教授の毛利衛さん(78)だ。

 毛利さんは、秋山さんの宇宙飛行が決定した時から親交があったという。「私たちが85年に宇宙飛行士に選ばれたとき、むしろ秋山さんが記者として私たちを調べていた。そのあと逆に秋山さん自身が宇宙に行く側になって、東京で会ったときに笑い話になった」と振り返る。

 毛利さんは、スペースシャトル「チャレンジャー号」の爆発事故などで打ち上げが延期になり、秋山さんが旧ソ連の宇宙船ソユーズで先に飛行することになった。「ソビエトは米国に勝つためなら何でもするね」などと秋山さんと話したという。

 秋山さんの打ち上げの際は毛利さんがTBSの番組に出演し、「おめでとうございます!」と言葉を掛けた。秋山さんからは帰還後、「先に行って申し訳なかったね」と声を掛けられたという。

 その後、世界の宇宙飛行士が集う「世界宇宙飛行士会議」で3回ほど再会し、米ソの宇宙飛行士向けの訓練の違いや苦労を語り合った。2003年に日本科学未来館(東京都)で開催した世界宇宙飛行士会議は毛利さんが実行委員長を務めたが、ロシアに詳しい秋山さんには実行委として、関係者の調整などで協力してもらった。

 秋山さんの性格を「実直で歯に衣(きぬ)着せぬ方」と語る。「それがロシアでは評価されたのではないか。宇宙飛行士は逃げることが絶対に許されないので、過酷なことに意見は言いながらも、耐える強みにつながったのでは」と話した。

 「民間主導の有人宇宙開発はTBSが世界初。ジャーナリストとして宇宙に行ったのも世界初。今の宇宙利用は国主導から民間主導に変わりつつあり、とても先見性があった。先駆けをつくってくれてありがとう」と追悼の言葉を贈った。【木許はるみ】

毎日新聞

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