<甲子園優勝監督に聞く>プロ出身、智弁和歌山の中谷仁監督 名将に学んだ「準備野球」とは
智弁和歌山の選手、監督として春夏10回の甲子園出場を果たし、それぞれの立場で全国制覇を達成した中谷仁監督(45)。名将と呼ばれた高嶋仁前監督の指導を受け、「ID野球」など独自の野球哲学を築いた野村克也氏の下で理論を学んだ。監督就任7年目で「バッテリーを中心とする野球が得意分野」と語る中谷監督に、これまでの経験を踏まえた指導法や野球への考え方を聞いた。【聞き手・藤木俊治】
◇プロからアマに
――2018年夏、歴代2位の甲子園通算68勝を挙げた前任の高嶋さんから監督職を引き継がれました。時代が変わってもあえて指導方針を変えていないことはありますか。
◆勝ちに向かって最善の努力をする本質的なところは変わらないと思います。僕は高嶋先生の指導を3年間しか受けていないし、プロを経験してアマチュアに戻ってきた人間なので、比較しようがないと思います。ただ、高嶋先生の指導を変えるのではなく、プラスしているというイメージです。
――選手は「中谷野球は準備野球」と口をそろえて言います。トレーニングや戦術を事前に徹底して準備しておくことだと理解していますが、そこは新しく取り入れた点でしょうか。
◆経験に基づく指導や、勉強して新たに取り入れてきた部分もあり、そこは「変わった」と表現できるのかもしれません。
――指導法のベースはプロで経験してきたことでしょうか。
◆もちろんプロで見てきた世界はベースにあるんですけど、うちが変わっていないところで言うと、少人数で練習量を確保するところ。ただ、けがを予防する必要があるので、子どもたちを守るためのアプローチとして酵素浴(発酵による熱で体を温める乾式温浴)などを取り入れています。これらは明らかに僕が現役のときはなかった。
◇縁がつながる
――「丸刈り」も変わらないことの一つでしょうか。
◆それは周囲が言っているだけ。3年ほど前に部内でアンケートを取ったことがあるのですが、髪を伸ばすことを子どもたちが望んでいなかった。(理髪店の)営業時間内に練習を抜けることが嫌だという選手が多いのもうちの特徴です。しかも、野球はお金がかかる。「1回3000~4000円の散髪代を節約できる」という意見が多かった。丸刈りは部のルールではありません。
――少子化や野球人口の減少を背景に、部員を確保するうえで工夫していることはありますか。
◆人数は1学年10人程度という方針は昔から基本的に変わっていません。僕が現役の頃は二つ上の学年は8人で、10人を下回ることも上回ることもありました。目安として今は13人です。
――部員確保の難しさはありますか。
◆ありがたいことに、入部を希望してくれる子のなかで縁がつながっている。指導者から連絡があって初めて大会を視察に行くんですが、うちはスポーツ推薦がないので違う学校から誘われているところを猛烈に勧誘することはない。年間100人以上の入部希望者がいるので、12、13人ほどであれば(定員に)達するという感じですね。
――データはどれだけ重視していますか。
◆選手育成の一環として、筋力アップのための数値は取っています。リーグ戦ではないので他校同士の対戦は参考にならないし、夏の和歌山大会では全試合をテレビ中継しているので、データといえばその試合を見る程度。相手の傾向を知るだけであって、高校野球の場合はそこは昔も今も変わらないのではないでしょうか。
◇理想は作らず
――中谷監督が考えるリーダー論とは。
◆こういうタイプのリーダーもいるんだと、子どもたちに勉強させられることも多いです。自分にも他人にも厳しい主将がいれば、包容力がある主将、背中で引っ張るというタイプもいて。そのときに応じて必要なリーダーが出てくるんだと考えています。こちらが理想を作ってまね事をさせるのではなく、自然とこの人が中心なんだな、という選手がその組織にとって必要なリーダーなんだと思いますね。
――毎年、主将はどのように決めているのでしょうか。
◆僕と選手の感覚がずれていてはうまくいかないので、選手たちとはいろいろな話をしますね。前チームは、一つ上の代が夏の和歌山大会初戦で負けたので7月16日に新チームが始まったんですが、適任者がいなかった。1、2週間で交代して主将を務めてもらったところ、求められる選手が出てきた。固まったのは秋季近畿地区大会の出場を逃した10月ごろで、本人も覚悟を決めたんでしょうね。
◇野村野球がベース
――「バッテリーを中心とした守りの野球」を掲げていますが、その背景は何でしょうか。
◆今のチームは主軸になる良い投手と捕手に恵まれたので、そういう戦い方になっています。毎年そういうチームを目指して編成しているわけではなくて、縁があった子たちのなかで適性を見ていくのがたぶん高校野球のベースだと思う。全国制覇した21年のメンバーも好投手が4、5人、良い捕手が2年生にいて、バッテリーを中心に作ったチームだったんです。そこに打線がうまくかみ合って日本一になることができた。
――「強打」に期待するファンもいるのでは。
◆日本一になっても「ガンガン打ち勝つ豪快な野球じゃないからつまらない」という声も聞こえてきました。それに反応してしまう自分もいて、「よっしゃ、じゃあ打ち勝つチームを作ってやろう」とチャレンジして、うまくいかなかったこともありました。プロでの現役15年のうち、7年間は野村さんが指揮を執る球団にいたんです。現役時代の半分近くで野村さんの野球を必死に学んできたので、バッテリーを中心とする野球は僕の得意分野になるのかなと。今年は好投手との縁があり、秋以降の結果につながってきたのかなと思っています。
――野村さんの野球を受け継いでいることになるのでしょうか。
◆(阪神で)吉田義男さん、(阪神と楽天で)星野仙一さんにも勉強させてもらいましたし、最後の(巨人で)原辰徳さんの影響力も大きい。それでも、同じ捕手だったというのもあって、自分の野球観は野村さんの野球を学んだことがベースになっています。
――智弁和歌山の野球はいわゆる「ID野球」と表現できるんでしょうか。
◆まさしく、野村野球は「準備野球」なんですよ。そこにつながってくる。ただ、高校野球に関して言えば、「データ」というよりは必要な準備に最善を尽くす、そういう感覚ですね。さらに勉強していきたいと思っています。
◇中谷仁(なかたに・じん)
1979年5月生まれ。和歌山市出身で、智弁和歌山の捕手として甲子園に3回出場し、96年春に準優勝、主将を務めた97年夏は全国制覇した。同年秋のドラフトで阪神から1位指名を受けて入団。楽天、巨人を含め計15年プレーした。2012年の現役引退後、学生野球資格回復制度の認定を受けて17年に同校コーチ、18年8月には監督に就任した。21年夏は監督としても優勝を果たした。
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