<キャンパる>逆風下の当選に貢献した「注目集めるSNS」 仕掛け人は大学生

2026/03/20 09:00 

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 先の衆院選で逆風の中、小選挙区(京都3区)での当選を果たした中道改革連合の泉健太衆議院議員(51)。その原動力の一つとして、大学生と共演する自身のYouTube(ユーチューブ)チャンネルが注目を集めている。ディレクターとして泉氏と共演し、編集も担う京都文教大学1年の安村太希さん(19)に、チャンネル運営を始めた経緯や、かける思いを語ってもらった。【上智大・脇坂葉多(キャンパる編集部)】

 ◇ライブ感重視の動画配信

 「泉さん、答えづらかったら正直に言ってください。単刀直入に聞きますね」。安村さんの問いかけに、泉氏が時にユーモアも交えて端的に切り返す。政策から政局まで、ネット上でトレンドになっている話題をざっくばらんに語り合う2人のやり取りが人気となり、泉氏の公式チャンネル「泉健太チャンネル」の登録者は2万2600人(3月17日現在)を数えるまでになった。中道の現職の中では3番目の多さで、泉氏の出身母体である立憲民主党系では最多の数字だ。

 投稿は週1~2度のライブ配信や、その切り抜き動画が中心。動画の編集や、サムネイル(見本画像)のタイトル、ライブ配信で話す内容の設定など、チャンネルの運営はすべて安村さんが担当している。

 安村さんは沖縄・石垣島出身。小学校6年生の頃から他ジャンルのユーチューブチャンネルの運営に携わっており、その経験を泉健太チャンネルにも生かしているという。大切にしているのは情報の鮮度と生のリアクション。大きな話題があるたびに2人でライブ配信を行い、その場で質問をぶつける。打ち合わせは多くの場合で配信が始まる直前の5分間のみと、生放送ならではのライブ感を重視するスタイルだ。

 ◇憧れともどかしさ

 そんな2人のユーチューブが始まったのは2025年8月。きっかけは泉氏から届いた1通のLINE(ライン)だった。「安村君、一緒にユーチューブで日本一を目指してみないか」

 安村さんはもともと、立憲の青年組織「りっけんユース」に高校2年時から所属していた。親の影響で幼少の頃から政治への興味を持っていた中で、震災対応や党首討論での姿勢を見て当時、特に憧れを抱いていた枝野幸男氏に、もっと近づきたい――。そんな思いで、オンラインイベントに参加したことがきっかけだった。

 立憲の議員は魅力的だと感じていたが、一方でもどかしく思えることもあった。小学生の頃からユーチューブに触れてきた安村さんにとって、閲覧を促すために重要なサムネイルやタイトルすらまともに設定されていない党公式や多数の議員のチャンネルが、あまりに広報に対して無策に見えたのだ。「いずれネット中心の選挙戦になる。若者はみんなスマホから情報を得ているのだから、いつか大変なことになりますよ、とずっと思っていた」

 危機感を抱いた安村さんは、知己を得た10人ほどの議員に片端から売り込みをかけた。しかし「もっとユーチューブをやりましょう、と言っても、ほとんどまともに聞いてもらえなかった。ある議員からは『ユーチューブなんて素人がやるものでしょ』と言われたりした」。しかしそんな中で、珍しく安村さんの話に耳を傾け、賛同を示してくれたのが泉氏だった。

 ◇モノマネで克服した弱点

 思えば、泉氏とは不思議な縁があった。小、中学校の頃、内向的な性格だった安村さん。自分の意見を主張することが苦手で、先生から不当に怒られても何も言い返せず、不登校や別室登校の時期が長く続いた。そんな折に始めたのがユーチューブ。配信した動画にアンチコメントがつくこともあったが、先生との関係よりも、インターネット上の交流の方が気楽に感じた。「アンチはブロックすれば終わりだけど、先生はブロックできないから」

 転機になったのは高校時代。人見知りで教師へのトラウマもある安村さんは、入試の面接への不安を抱えていた。そんな折に行われた21年11月の立憲代表選。立候補者の一人だった泉氏の熱弁にひかれて聴き入るうちにひらめいた。「泉さんのモノマネをすれば、面接もいけるんじゃないか」

 自分の意見を主張することは大の苦手だったが、泉氏の演説をまねすると、うまく話せるようになった。「この国には課題があります」。泉氏を意識しながらそう面接で訴えると、無事に合格。高校では内向的な性格も次第に変化して、生徒会長を務めるまでになった。

 ◇初対面で通じた熱意

 その後、大学進学を機に石垣島から京都市に移住。引っ越し先の家から徒歩1分のところに、偶然あったのが泉健太事務所だった。「ぜひ一度会って話を聞いてみたい」。そう思い、事務所でインターンをしていたりっけんユースの先輩を通じて泉氏と初めて会ったのが25年5月だった。

 泉氏は21年11月から24年9月まで、立憲の代表を務めた同党の重鎮議員の一人だ。安村さんはそんな泉氏に高校時代の活動などを紹介するとともに、「このままだと立憲はまずい。SNSを本格的に始めましょう」と訴えた。「かなり生意気だったと思う」と笑って振り返るが、泉氏は理解を示して連絡先を交換してくれた。

 そして25年7月の参院選の投開票から3日後に泉氏からラインで誘いが届き、安村さんも「ぜひやりましょう」と応じた。安村さんをディレクターに迎えての、泉健太チャンネルのリニューアルが決まった。

 ◇閲覧を促す工夫、随所に

 泉氏は「安村君とユーチューブを始めてから、全国の方々に注目されるようになった。サムネイルと本音トークも大幅に進化した」と語る。その言葉通り、1動画あたり数百から2000回ほどだった公式チャンネルの再生回数は常時1万回を超え、10万回以上再生される動画も複数できた。安村さんが「新なフィールドに連れて行ってくれた」と泉氏は感謝する。

 ただ道のりが常に平たんだったわけではない。25年末には再生回数が3回連続で1万回を切る時期もあった。「その頃は編集に時間をかけすぎて情報の鮮度が落ちていた」と安村さんは語る。以降は固定曜日だった配信を大きなニュースがあるたびに撮影するように変え、編集も最低限にして敏感にトレンドを追うようにした。取り上げる話題は、いつもX(ツイッター)やグーグルのトレンド機能を見て決める。「ネットで見てもらうためには、ネットで盛り上がっていることをやらないとダメだと、勝手に思ってやっている」

 質問やサムネイル・タイトルを決める際は、あえて「高市早苗首相を応援する人の身になって考えている」。泉氏の支持者だけでなく、幅広い考え方、年代の視聴者に動画を再生してもらい、泉氏の魅力を伝えるための工夫だ。

 ◇選挙期間中は再生大幅増

 そうして臨んだ先の衆院選、泉氏は逆風の中で当選を果たした。安村さんは「10%くらいは貢献できたんじゃないかな」と自己分析する。選挙期間中は週間再生回数が100万回に達するなど普段よりも再生が大幅に伸びたほか、第三者に切り抜き動画を投稿してもらえたことも大きかったと振り返る。

 選挙期間中、そうしたサードパーティー(第三者)による政治関連動画の投稿が爆発的に増加し、デマや煽動(せんどう)的な内容が含まれた投稿もあったことから、昨今では政治系動画の収益化規制も議論に上がる。

 しかし安村さんは「情報源としてSNSはもう当たり前。規制しても別の方法が出てきてしまうと思う。それなら、デマや攻撃はダメだけど、乗っかって活用するしかない」と割り切る立場だ。「(再生回数稼ぎが狙いの)サードパーティーの人に、『泉健太ってもうかるじゃん』と思わせたら勝ち。泉さんにはそれができる人柄の面白さ、人付き合いの幅広さがあると思うから、もっと引き出したい」

 ◇さらなる高みを目指して

 一方で、泉氏の属する中道は選挙期間中、党公式で積極的にSNS広報も展開した中で大惨敗を喫した。安村さんは「国民民主党は8年、参政党は(前身を含めて)13年、ユーチューブを続けている。すぐに結果が出るわけがない」と、継続して取り組むことの重要性を指摘する。

 選挙後の政局で泉氏の立ち位置が注目を集めたこともあり、チャンネルの再生回数は増加傾向にある。しかし安村さんは現状に「全然満足していない。政局で数字が取れているだけで、まだ個人を輝かせることはできていない」と話す。チャンネルの将来像については「政策や新しい制度が、動画を見たら一目でわかるような媒体に成長させて、(登録者数)100万人を目指したい。党や個人の広報を超えて、政治に興味がない人にも届けられる国全体の広報のような感じに持っていけたらいいなと思う」と大きな理想を語った。

 また、自身の目標については「この経験を生かして、もっといろんな人に話を聞きに行きたい。もっとメディアに出て、若者の立場から司会者的な立ち回りをやっていきたい」と未来を思い描いた。

毎日新聞

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