<毎日農業記録賞×聞く>凶作原因の平成と違う、令和のコメ騒動 「冷静に」農水省OBが警鐘

2025/02/26 11:00 

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 「令和のコメ騒動」がやまない。昨夏の店頭での品薄状態に始まり、需給の引き締まりが激しい確保競争を呼び、天井知らずの価格上昇が続く。政府は備蓄米の市場放出に踏み切った。「コメ余り」から一変。日本のコメ問題は新たな局面を迎えた。新シリーズでは、この問題に切り込む。農林水産省OBで政策的観点から課題に取り組む荒幡克己・日本国際学園大教授は、冷静な議論が必要だと説く。【聞き手・三枝泰一】

 ◇シリーズ「令和のコメ騒動」1

 ――状況をどうみますか。

 ◆日本人はコメに対する特別な心情を抱いています。急進的な議論に行き着きやすいのですが、ここは冷静な視点が必要です。長期的課題としてとらえるべきか、短期的に解決すべき課題なのか――。前者を重視する立場では、コメの大増産を求める声が上がりがちですが、今の環境のまま増産の道を短絡的に選択すれば、農政全体に混乱を招きかねないと思われます。

 後者は、今回の混乱をコメの流通の課題ととらえる立場で、当面は需給調整による解決を目指します。基本的に私はこの視点で考えています。「平成のコメ騒動」と呼ばれた1993年の凶作では、コメの収穫量自体が200万トン以上も減りました。今回も米価への影響は深刻ですが、市場から消えたコメは10万~20万トンで、量で見れば「微調整」の範囲に収まります。昨年の収穫量自体は、前年より18万トン増える見込みです。

 ――店頭でのコメの品薄が表面化した昨年8月以降、政府は新米が流通すれば解消されるとして備蓄米の放出を否定していましたが価格高騰は収まらず、結局、放出の実施で価格の適正化を図る方向に転換しました。ただ、運用指針の見直しを表明した先月の「口先介入」では、効果は見られませんでした。

 ◆その通りで、江藤拓農相も国会でそれを認めました。私自身も想定を見誤っていた要素があります。

 ――それは?

 ◆コメの短期の価格弾力性が思ったほど高くなかったことです。価格弾力性とは、価格の変動によって生じる需要の変化率のことです。例えば、コメの価格が2%上昇した時に需要が1%減るとすると、価格弾力性はマイナス0・5になります。需要が減れば価格は下がります。家庭での食生活が多様化したので、コメが値上がりすれば麺類などに替えてコメの買い控えが起こるはずであり、実際に長期の反応の計測値ではそのようになりつつあるのですが、短期の反応ではそうはならなかった。需要の内訳を見ると、かつては「家庭用7対業務用3」くらいの割合だったものが、今は「5対5」か「4対6」くらいになっている。業務用というのは、丼物や回転ずしのチェーン、コンビニエンスストアのおにぎりなどが中心で、これらは「コメ一択」です。代替は利かない。事業者にとっては死活問題ですから「何が何でもコメを」となり、高値でも買い集めます。

 ――問題なのは、流通過程から消えたコメの所在です。

 ◆相場のさらなる高騰を見込んで、在庫を抱え込む動きがあったことは否定できません。「騒動」以降、全国15県の産地を歩いて調査していますが、JAなどの集荷業者ではなく「今まで見たこともない『廃品回収』のトラックが買い付けにきた」という農家の証言がありました。小規模な廃品回収業者がにわかに業種転換したとは思えません。これまで「コメビジネス」に関わってこなかった資金力のある異業種の企業が、複数の廃品回収業者を使って、コメを直接買い集めている可能性が高いと考えられます。「『1俵プラス2000円でどうです?』と切り出されりゃ、売ってしまうわな」と言う農家の生の声も聞きました。

 ――備蓄米の放出が実現すれば、市場価格の抑制は実現しますか?

 ◆量次第でしょう。一気呵成(かせい)に出して流通量を増やせば、在庫のメリットは失われます。JAが卸売業者に販売する2024年12月時点の「相対価格」(24年産)は1俵当たり平均2万4665円です。一方、卸間取引価格は、新潟産コシヒカリで1俵5万円を超えるケースもあります。

 注意したいのは、今市場に出ている24年産米は、既に昨年8~9月の端境の品薄時に「先食い」されているため、現状のままにしておいたら今年の8~9月にはまた店頭の品薄状態を招来しかねないということです。

 ――政府は1年以内に買い戻すとしています。

 ◆その時期を慎重に見極める必要があります。一般の感覚では、コメ売買の契約は新米が出る9月ごろに毎年切り替わると考えがちですが、業務用のコメを調達する業者と卸との関係では新米の切り替えの時期が遅く、一般的に翌年の1~3月です。買い戻しの運用を誤ると、混乱が生じることも考えられます。

 ――構造的課題を抱える長期的視点への目配りも必要では?

 ◆私が強調したいのは、面積当たり収量(単位収量)の増加を目指すことです。必ずしも増産ではなく、少ない面積でも高い単位収量により同じ生産量を確保すれば、コストダウンにつながる。農地を拡大しても単位収量が低ければ効果は限られます。減反政策前の日本の稲作の単位収量は世界第3位でしたが、現在は16位。23年産米では10アールあたり平均536キロです。東日本には平均で650キロを超す自治体があります。栽培技術の向上と気候変動を見据えた適地適産の徹底がカギになります。

 ――コメを増産し、輸出を伸ばせという意見があります。

 ◆方向性には賛成しますが、ここでもコストダウンが課題になります。国内のコメの価格弾力性について言及しましたが、世界における日本の輸出米の数値は、逆にかなり高い。このことは、輸出米の価格が上がると需要が大きく減ることを意味しています。

 またこのことは、現下のコメ不足の解決策として、「コメ増産→余ったら輸出」という短絡的な戦略が極めて危ういことも示しています。輸出に行き詰まれば米価の暴落が生じるか、政府が買い上げざるを得ない方向に進み、新たな財政負担が生じます。競争力を高めるための単位収量の拡大は、農業生産の基本なのです。

 ◇あらはた・かつみ

 1954年生まれ。78年東京大農学部卒、農林省(現農林水産省)入省。岐阜大教授、ノースアジア大教授を経て、21年から現職。農学博士。

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