津波で流失した公民館、地域のよりどころ復活劇が児童書に 宮城

2025/05/06 08:45 

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 東日本大震災の津波で流失しながらも住民たち自らの手で再生した公民館が宮城県気仙沼市本吉町前浜地区にある。支えたのは、山形県最上町の人たちが届けたご神木の大黒柱だった。そんな実話を基にした児童書「海辺の公民館」が発行された。絶望的な状況でもあきらめない人の強さや温かく手を差し伸べる人たちのもたらす希望が、少女の目線を通して描かれている。

 「前浜マリンセンター」は、海まで100メートルもない浜辺にあった。子ども会に敬老会、そして「おらほのとっておき」と銘打つ文化祭には、地域の人たち自慢の陶芸や手芸、絵画が並び、特産のツバキ油で作った料理もふるまわれる。いつもにぎやかな声がこだまする、地域のよりどころだった。

 しかし震災の津波で建物が流失。地区一帯も被災した。そんな中、住民たちは真っ先に「みんなで集まれる場所」、センターの再生を望んだ。そして、プロに相談しながら自分たちで設計を話し合い、木材を切り、壁を塗り上げ、わずか2年半後の2013年9月に、元の場所に近い高台に再建を果たした。大黒柱になったのは最上町から運ばれてきた2本の木。樹齢100年を数える杉とコブシの木だった。

 本の作者は宮城県石巻市の作家、千葉直美さん(62)。夫の実家が前浜に近く親戚もおり、震災前から何度も訪れ愛着のあったセンターの再建を見守り続けてきた。地域に元々あったコミュニティーの強さが災害時や復興の歩みにも表れていると感じ、本で伝えたいと思ったという。

 作品は実話を基に創作した。主人公は震災の影響で父と2人、福島から山形・最上町へ引っ越した少女「よしみちゃん」。ある夏の日、森で開かれた町の音楽会で、宮城から来た人から、マリンセンターの物語を聞く。最上の人たちが被災した気仙沼の人たちに贈った2本の大きな木がいま海辺の町にあるという。その木が海の音や風を感じる様子を想像し、思いはかつて福島の砂浜で貝殻を拾った母との記憶につながっていく。

 原発事故の影響でもう帰れないかもしれない故郷。よしみちゃんは山形や宮城にも故郷に似た思いを抱き、遠い未来を生きる子供たちを想像しながら、森に木を植える。

 千葉さんは「震災によって悲しみや痛みだけでなく、人とのつながりも生まれた。人の輪の温かさを描きたかった」と語る。

 石巻市出身の千葉さんは1990年代、クロアチアなどで難民支援に従事し、「故郷に帰りたい」という言葉を何度も聞いた。その後、戻った古里は震災で大きな被害を受け、その言葉が実感を持って響いた。先祖代々の地を離れざるを得なかった人たちの思いにも心寄せ、よしみちゃんを通して「故郷」や「喪失と再生」をそっと問いかけたい思いもあり、ノンフィクションではなく創作を選んだ。

 本には、物語の世界にいざなう優しいタッチのイラストが添えられている。描いたのは前浜地区在住の畠山友美子(ゆみこ)さん(38)だ。「生まれ育った場所が本になるなんて不思議な気持ち。ご神木をくださった最上の方々の熱い思い、それを受け止め歩んできた前浜の歩みがここに記録されている」と喜ぶ。

 そのご神木、黒沢神社の境内に立っていたコブシを提供したのは、最上町黒沢地区の人たちだ。地区役員の大場晃さん(64)は震災後、町内の有志で前浜地区の人たちを温泉に招待した際、伝統芸能を披露するなどしてもてなし、その後も交流してきた。地区の人たちで話し合い「被災した人たちの助けになるなら木の第二の人生にとってもいいことだ」と地域の総意で決めたという。

 大場さんが中心となって企画し、13年から毎年3月11日に、ろうそくの明かりを各家々の前にともす「不忘灯(わすれじのともしび)」を続ける。本の完成に「災害が続き震災も忘れられていくが、被災した一人一人にストーリーがあり、伝え残す必要がある。本ならばきっと長く残っていく」と話す。

 千葉さんは「人は支えられることで内なる力が湧き、立ち上がっていく。大事なものを失った先にもきっと希望はある」と語る。

 本はB5判28ページ。英語も併記した。サントリーグループの復興支援の助成金を活用して発行し、希望者には郵送で配布している(送料のみ必要)。問い合わせは千葉さん(swan20110311@gmail.com)。【百武信幸】

毎日新聞

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