「なぜ、誰が…」「真実語って」 京大から遺骨返還の豪先住民の思い

2025/06/11 17:58 

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 「祖先に何が起きたのかを知りたい。誰がいつ、なぜ骨を運び出したのか。返還はありがたいが、経緯が明らかにされないと十分ではない」「一方で大切なのは植民地時代のトラウマを癒やし、より良い未来のために和解すること。そのストーリーをシェアしたい」

 オーストラリアの先住民族ヤウルとバーディ・ジャウィの遺骨各1体を京都大が11日、豪州側に返還した。来日したヤウルの派遣団のうち女性3人が5、6日に京都市左京区のキャンパスを訪れ、この地に骨を留め置かれてきた祖先を慰霊。京大から説明を受けられないことを残念に思う一方、未来に向けて問題認識が共有されることを願った。

 3人はヤウルの認定先住権法人の理事、ナターシャ・マツモトさんと、法人スタッフで遺骨返還プロジェクトを担当するセイラ・ユーさん、ナターシャさんのサポート役のターニャ・マッケナさん。ターニャさんは夫がヤウルで、セイラさんも夫が中国系とヤウルなど先住民族の血筋を受け継いでいる。細川弘明・京都精華大名誉教授(文化人類学)の案内で、明治時代の建物を残した京大医学部の基礎医学記念講堂・医学部資料館や京大総合博物館などを見学し、毎日新聞の取材に思いを語った。

 ◇ヤウル民族とは

 ヤウル民族は豪州北西部、インド洋に面した町ブルームの南方沿岸で暮らしてきたアボリジニの1集団だ。ブルームでは19世紀から栄えた真珠産業の潜水作業でも働かされた。一方、ブルームには明治から昭和初期にかけ、和歌山県太地町などから3000人以上の日本人も渡航して潜水作業などに従事。900人以上が埋葬されている日本人墓地もある。

 ヤウル民族の中にも日本人と結婚し、現在も日本の姓を受け継ぐ人は少なくない。ナターシャさんも父方の祖父が大工として働きに来た日本人だ。日本人は太平洋戦争で強制収容所に入れられ、戦後に解放されても多くは帰国してブルームに戻った人は少なかったが、ブルームでは産業に貢献した日本への親近感があり、1981年に太地町と姉妹都市提携を結んでいる。

 細川さんは80年代半ばから90年代にかけてブルーム周辺で言語学・人類学の調査を継続。ヤウル語の研究成果は、ヤウルが法的に先住権を認められる際の証拠にもなり、ヤウル側から今回のアテンドを依頼された。

 ブルームからヤウルなど先住民族の骨を運び出したのは探検家や自然科学者、宣教師、真珠業者らとされる。これまで米国、ポーランド、ドイツ、ノルウェー、英国で確認されていた。今回の日本も含め、少なくとも36体の遺骨が海外の大学や博物館に保有されていたことになる。

 ◇日本にも遺骨「驚いた」

 日本にも遺骨があるとヤウルの人たちが豪州政府から知らされたのは2024年のこと。「とても驚いた。日本側が明らかにしてこなかったので私たちも全く知らなかった。今回、日本側が返還してくれるのは良いことだが、入手経緯や保管状態、利用について実質的な情報が得られないことは残念だ」とセイラさんは言う。

 ブルームでは1910年代に日本人向けの病院が設けられ、旧京都帝国大医学部と縁のある医師が遺骨の持ち出しに関わった可能性があるとヤウル側はみている。ナターシャさんにとっては祖父母が生きた時代であり、自分ごととして感じられる問題という。

 今回の返還が豪州と日本の政府間で進められたことに配慮し、ヤウル側が京大と直接やり取りすることはなかった。「なぜ、誰が骨を収集したのか。骨を使って何をしたのか。少しは期待していたが分からないままだ」とセイラさんは話した。

 ナターシャさんは「誰かを悪いと責める気持ちはあまりない。ただ、祖先に何が起きたのかを理解したい。医学の大切さは認識しているし、私たちも恩恵を受けているが、祖先が連れ去られたことは悲しい。許すことは必要だが、忘れることはできない」と語った。

 「私たち先住民族は大地や水をはじめ自然の要素との結びつきがとても強い。遺骨を故郷に取り戻して供養することは、祖先だけではなく私たちの癒やしにもなる」とナターシャさんは言う。セイラさんも「祖先を元の土地に戻すことはヤウルの文化的な義務。なされないと子孫も心が休まらない。祖先のためだが、子孫の癒やしにもなる」と説明。ナターシャさんは日本の伝統にも触れ、「祖先に見守られているという感覚はヤウルにもよく分かる。文化として通じ合うところがあると思う」と語った。

 一方、遺骨返還は「先住民族と非先住民族の双方が植民地時代の誤ちを認識し、改めるためのプロセス」でもある。セイラさんは「過去の問題に怒ったり復讐(ふくしゅう)したりしたい訳ではなく、間違いを正すことに意義があるという認識を共有してほしい」と話す。「一番大事なのは真実を語ること。何が起きたのかという真実を共有しないとトラウマが残されたままになる。遺骨返還はその過程の一つだ」と強調。さらに「アボリジニだけでなく、アイヌなども含めて遺骨の問題が世界中にあるのは植民地主義の問題の本質を示している」とも指摘した。

 ヤウル側は今後、ブルームで祖先の遺骨を安置する施設を作る計画で、自治体も支援しているという。遺骨の持ち出しと返還の経緯や歴史を解説するパネル展示も設け、国内外に伝えることを目指している。【太田裕之】

毎日新聞

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