成瀬シリーズ完結 作者の宮島未奈さん「オチは滋賀に決めてました」

2025/12/03 07:45 

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 滋賀県大津市を舞台とした青春小説「成瀬は天下を取りにいく」と続編「成瀬は信じた道をいく」が累計180万部になった宮島未奈さん(42)のシリーズ第3作で完結編「成瀬は都を駆け抜ける」(新潮社・1870円)が刊行された。主な舞台は京都大学(京都市左京区)に移ったが、大津の存在感は伏線で示される。宮島さんに今の思いを聞くと共に、地元にもたらしたシリーズの影響力も紹介する。【岸桂子】

 「3作で終えると決めていました」。宮島さんはきっぱりと語る。

 「都」では、地元・大津の膳所高校を卒業した主人公、成瀬あかりが京都大学へ入学。住まいがあるJR膳所駅周辺を「極めて」きた成瀬は「京都も極めたい」と壮大な目標を立て、新しい友のサポートを得ながら独自の行動を始める。

 宮島さんも京大出身。「昔から変わっていない部分と、大きく変わった部分があって。20年前を思い出しながら取材しました」

 物語の肝となったのは琵琶湖疏水だ。京都と大津を結ぶ近代土木遺産で2025年、国宝・重要文化財に指定された。「大学時代は意識しませんでしたが近年、興味を持って調べてきました。執筆途中に国宝の(指定への)報道があって。話題だから書いたと思われると嫌でしたが、いいタイミングと考え直しました」と苦笑する。

 琵琶湖疏水の起点はもちろん琵琶湖。びわ湖大津観光大使でもある成瀬が、京大の仲間に「わたしたち滋賀県民は琵琶湖がみんなのものだと学んでいる」と語る場面が印象的だ。物語終盤でも琵琶湖愛がほとばしる。

 「完結する以上、オチは滋賀に、と決めていました」。静岡県富士市生まれの宮島さんが家族と共に大津で暮らして16年。「大津を書いたことを、大津のみなさんがとても歓迎してくださり、支えられた。大津は第二のふるさとです」

 成瀬はいつも我が道を進んできた。だが本作では他者へのこまやかな気遣いも見て取れる。成瀬は宮島さんの理想なのだろうか。そう尋ねると「違います」と即答された。「頭の中で成瀬のせりふが聞こえるんです。その感覚を文字に起こしてきました。実際、成瀬みたいに生きるのは難しいですよね。学生時代の私もできなかった」

 成瀬は今後、どんな人生を歩むだろうか。「私が書くと1通りしかない。みなさんが考える、何通りもの人生があると思います」。すっきりした表情で語った。

 ◇舞台の滋賀で、売れ行きは絶大

 宮島さんのデビュー作となった「成瀬は天下を取りにいく」(2023年刊)は、24年本屋大賞などを受賞。県内での売れ行きは絶大で、版元の新潮社によると、同書単行本の全書店の売上ランキング上位10書店に県内3店が入り、最も舞台に近いTSUTAYAオーミー大津テラス店は4位だったという。

 「ご当地もの」と呼ばれる小説は世に少なくないが、「ときめき坂の看板やJR大津駅観光案内所など、大津では書店以外でも成瀬を見かける。こういった広がりをする小説はなかなかない」と同社プロモーション部の上原子真衣さん。

 フレンドマート大津テラス店(同市打出浜)は、店名こそ少し違うが24年1月刊行の「成瀬は信じた道をいく」で登場する。そこで同店は同年4月、小説の内容にちなみ、成瀬をめぐる思いをメモに書いてもらい店内に掲示する「お聞かせください 読者様のお声」コーナーを設置した。当初、同年6月末までの予定だったが、訪れる成瀬ファンが引きも切らず、現在も続く。しかも全国各地、時に海外から訪れている。中川康店長(43)によるとメモは「おそらく3000枚ほど」に達し、スクラップ帳に貼って平和堂本社経由で宮島さんへ渡しているという。中川店長は「お客様が増えました。成瀬にゼネラルマネジャーになっていただきたい」と話す。

 成瀬が愛する琵琶湖観光船「ミシガン」は、本を持参した乗船者に「成瀬の名言入りカード」を渡すタイアップ企画を始めた。

 びわ湖大津観光協会は今年6月、「天下」の文庫本刊行に併せて舞台探訪マップを8000枚作成した(同協会ウェブサイトでダウンロード可能)。「作品の中で成瀬がびわ湖大津観光大使になってくれているのが大きい。小説ゆかりの地の案内だけでなく、訪れてほしい場所を紹介しました」と担当した坪田朋也さん(40)。

 シリーズが完結することについて、坪田さんは「寂しい気持ちはありますが、成瀬はずっと成瀬として活躍するだろうというワクワク感もある。宮島さんが、そんな余韻を残してくださったと思いたい」と語った。

毎日新聞

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