消えた沈船 硫黄島火山活動の今
戦後80年が過ぎた今年秋、東京都心から南に約1200キロに位置する東京都小笠原村の硫黄島で、戦後放置されて遺構となっていた朽ちた船が姿を消した。理由は火山活動だ。自衛隊の施設にも被害が生じ、専門家は「本格的なマグマ噴火に移行する時期は遠くないのかもしれない」と警鐘を鳴らす。
2023年10月下旬、島の南側にある翁浜沖で海底噴火が起こり、一時的に新島が形成された。本州から遠く離れた孤島のため、島の様子を知るすべは限られているが、その後も活発な活動が断続的に続いているようだ。気象庁によると、今年9月には島西側の千鳥ケ浜で噴火が起き、新たな火口が生じた。
第二次世界大戦の激戦地として知られる硫黄島では、戦後まもなく米軍が波止場を造る目的で、コンクリート船と廃船計15隻を千鳥ケ浜沖に沈めた。しかし硫黄島は、海底からそびえる巨大な火山の頂上部が海面に姿を見せたような島で、9年間で最大8メートル以上という世界的にもまれな速さで隆起している。戦後、沈められた船は次々と海岸線に姿を現した。
23年10月末に毎日新聞で空撮した写真では、波打ち際に並ぶ船の残骸と共に、少し離れた内陸側に、全長100メートルを超える大きな船の姿が見られる。しかし、25年10月23日に海上保安庁が撮影した写真では船の姿が見られず、噴火によって新たな火口が生じて地形が大きく変化していた。
海上自衛隊の基地がある硫黄島では、海自や空自の訓練の他、在日米海軍による空母艦載機の陸上離着陸訓練(FCLP)も行われてきた。しかし9月の噴火によって輸送船から航空機用燃料を島内に送るためのパイプラインが損傷した。FCLPは山口県の米軍岩国基地で行われ、新たな騒音問題も生じている。
防衛省によると、この噴火で滑走路への被害は出ておらず、活動にも大きな影響は出ていないという。今月16日に成立した今年度の補正予算には、31億円の復旧費用が盛り込まれたが、完全に元の状態に戻るにはまだ時間がかかりそうだ。
硫黄島では今何が起きているのか――。
海上保安庁の観測にも度々同行している東京科学大多元レジリエンス研究センター火山・地震研究部門の野上健治教授(火山化学)は「硫黄島は以前から活発な火山活動と急激な隆起が半世紀以上続いていて、近年特に活動が高まっているわけではない」と説明する。
しかし「1日1ミリ以上にもなる、世界的にも異様な速度の隆起は、マグマの貫入以外に考えられない。新島を一時形成するような噴火も起きていることから、本格的なマグマ噴火に移行する時期は遠くないのかもしれない」と、いずれ起こると考えられる大規模な噴火に対する危機感をあらわにする。「現在、マグマ由来の高温の火山ガスが、地下の浅い所で地下水と作用することで爆発する現象(水蒸気爆発)が活性化し、島の各所での噴火につながっている」という。
「水蒸気爆発がどこで起きるのかを予測するのはとても難しいが、大規模な噴火に至ることも懸念されるので、定量的に評価できる継続的な観測が必要だ」と話している。【手塚耕一郎】
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