閉校した娘の母校、今は人気ロケ地に 生まれた新たな縁 茨城・行方
民間シンクタンクが2025年に発表した都道府県の魅力度ランキングで茨城は46位。最下位こそ免れたものの、調査が始まった2009年以来、下位から抜け出せない。果たして本当に魅力がないのだろうか――。取材してみると、知られざる魅力を支える人たちがたくさんいることが分かった。茨城の「いいとこ」を探してみよう。
30年近く前の5月初め、真家(まいえ)栄子さん(70)は茨城県行方市の北浦三育中学校(当時)の校舎へと続く坂を車で運転しながら、助手席にいる当時同校1年の長女が泣いていることに気づいた。全寮制の学校のため、自宅に帰れるのはゴールデンウイークや夏休みなど長期休業期間のみ。この坂を上り切ったら夏休みまで会えなくなるが、あえて気づかないふりをして娘を送り出した。「2人して泣いてはいけない」。そう自分に言い聞かせ、涙をぐっとこらえた。そんな娘との思い出の詰まった場所は、今数々の映画やドラマに登場するロケ地になっている。
1969年開校の旧北浦三育中はキリスト教を柱に据えた教育が特色の私立中。2020年3月に閉校し、千葉県大多喜町に移転した。敷地や校舎などの建物は22年、行方市に無償譲渡され、市はロケ地として活用。教室やチャペルなどが撮影に使われるだけでなく、体育館内やグラウンドにロケセットを設営し、撮影できるようにしている。
これまで映画「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」(23年)や「ババンババンバンバンパイア」(25年)などが撮影された。「あの花」では、地域を盛り上げた作品とその地域を表彰する「ロケーションジャパン大賞」の「撮影サポート部門」を受賞した。
受賞理由の一つが、真家さんが会長を務める行方市食生活改善推進員協議会のメンバーで取り組んだ炊き出しだ。真家さんらは普段からボランティアで子どもらに食育活動をしており、数年前からは市の依頼を受け、撮影スタッフや出演者らに炊き出しをしている。
地元の食材をふんだんに使った炊き出しは好評だ。例えば夏に提供したメニューはカレーライスのほか、レンコンサラダ▽ゴーヤとツナのあえ物▽タマネギとトマトの酢漬け▽ナスとピーマンの炒め物――など。旬の地元食材をなるべく多く味わってもらいたいという思いから、副菜をたくさん仕込む。市販のロケ弁では野菜不足になりがちで、野菜を多く取り入れる真家さんたちの炊き出しはとても喜んでもらえる。
「茨城は魅力度が46位でみんな『茨城には何もないよ』と言ってしまうが、食べ物は本当においしいし、何でも採れる。都会から来た人たちに『こんなにおいしいんだよ』と教えてあげたい」
俳優の好みが分かると、急きょ食材やメニューを変更することも。「どれもおいしかった」「野菜がいっぱいで良かった」といった言葉を掛けてもらえることが活動の源になっている。
かつて旧北浦三育中には生徒がたくさんいて、クリスマスにはチャペルでコンサートが開かれた。にぎやかだった当時を知る真家さんにとって閉校はショックで、寂しさもある。だが、数々の映画やドラマに登場するようになり、千葉に移った教員らも楽しみに見てくれているという。
「学校が生かされ、半分救われているところもある。炊き出しでまた学校に関わるようになったのは縁。個人的にとてもうれしいし、喜んで活動している」。活動の様子が誰かの目に留まり、市の豊富な農産物の発信にもつながればと願う。
ロケを誘致したり、サポートしたりするフィルムコミッション(FC)が盛んな県内でも、行方市の取り組みは注目を集めている。市は18年にFCを設立し、24年度までに計140作品のロケを支援。撮影には同校のほか、土浦協同病院なめがた地域医療センターなどが多く使われ、ロケ隊の宿泊や飲食などに伴う経済波及効果は24年度に過去最高の約2780万円を記録した。3月には2本の映画が公開を控えている。
市内のロケでは真家さんたちだけではなく、多くの市民がサポート。「あの花」の撮影時は住民や地元の大学生らが軽作業や清掃などを担当した。空襲シーンの撮影では実際にオープンセットに火をつけて火災を再現し、地元の消防団が消火活動に協力した。
こうした地域ぐるみのサポートに対し、撮影スタッフも敷地内の除草やメンテナンスなどを買って出てくれている。ロケ終了後には、撮影スタッフと地元の協力者がバーベキューで交流するなど、絆を深めている。
市の担当者は「再び行方市で撮影したいというスタッフも多く、市民の中には自分も関わりたいという人も増えてきて、市民協働の意識が高まっている」と効果を実感する。
跡地を最大限に生かす知恵と市民のおもてなしの力が、行方の魅力を引き立てている。【鈴木敬子】
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