立ち飲み屋「かずえちゃん」襲った阪神大震災 息子が受け継ぐぬくもり
木造家屋がひしめく下町である晩、一軒の店ののれんをくぐると、客の笑い声が響いていた。
メニューには、いりこだしの湯豆腐に、山盛りのゆで卵。31年前まで、店の中央には白いかっぽう着姿の短髪の女性が立っていた。「かずえちゃん」。そう呼ばれて客に愛されていた。【木山友里亜】
◇時折、酔った客とけんか
神戸市長田区久保町にある立ち飲み屋「八木酒店」。今は八木宏道さん(61)が弟の隆昌さん(52)と営んでいる。
かつては父玉吉さんと母一栄(かずえ)さんがほぼ毎日、昼前から午後11時まで切り盛りしていた。
母は、思ったことをはっきり言うタイプ。時折、酔った客とけんかをしたが、ゆで卵やカニの殻を丁寧にむいて客に手渡すなど気配りを欠かさず、みんなから好かれていた。
宏道さんが幼少の頃には、仕事の合間を縫って1970年の大阪万博や外食などに連れていってくれた。
店のメニューにもある湯豆腐は、子どもの頃から慣れ親しんだ母の味だ。いりこでだしを取り、スダチとカツオ節、ネギが添えられている。
店の向かいには銭湯「菊水温泉」があり、当時は黒田直美さん(52)が住んでいた。一栄さんは、小学生だった黒田さんに「おばちゃん、おばちゃん」と慕われていた。
「おなかすいてない?」。学校の終わりに店に遊びに来た黒田さんに声を掛け、大きな皿の上に何十個も盛られたゆで卵を一つ取って渡した。
「あの山盛りのゆで卵がおいしくって」。黒田さんは振り返る。
◇久しぶり家族そろって食卓囲む
そんな平和なひとときを過ごしていた宏道さんの家族を、悪夢が襲った。
95年1月16日は店を閉めた後、両親と弟2人の家族5人が久しぶりにそろった。5人は菊水温泉へ行って体を温めると、自宅に戻って食卓を囲んだ。
「一緒にご飯を食べられるなんて珍しいなあ」。家族で会話が弾んだ。「明日も仕事やしな。おやすみ」。食事を終えると、宏道さんは家族と別れた。
翌日、夜明け前の午前5時46分だった。自宅兼店舗の2階で一人で寝ていた宏道さんは、激しい揺れで目を覚ました。
壁が崩れ、目の前には外の景色が広がっていた。「地震だ」。裸足のまま、2軒隣の建物で寝ていた弟2人と両親の様子を見に行くと、信じられない光景が目に入った。
1階がぺしゃんこにつぶれ、2階の床が地面に落ちていた。弟たちは自力で抜け出してきたが、両親の姿が見えない。
「お父さん!」。宏道さんが呼びかけると、父の声がかすかに聞こえた。母の返事はなかった。
◇ああ、だめだ……
日が昇り、近所の人が電動ノコギリを使ってがれきをかき分けてくれた。宏道さんは涙が止まらず、何もできずに作業を見つめていた。
がれきの中から、父が見つかった。腰の骨を折っていたが、こたつが落下物を食い止め一命をとりとめていた。
母の姿も見えた。体の上には、天井のはりが乗っている。「ああ、だめだ……」。一目で悟った。一栄さんは当時、55歳だった。
震災で長田区は大火に見舞われた。菊水温泉は全焼したが、風向きの影響で八木酒店は火の手を逃れた。
◇「ローン返すまでは死なれへん」
父の入院が続く中、宏道さんら兄弟は親戚の家などを転々としながら店の再建に奔走した。
震災から約4カ月後、プレハブ小屋で営業を再開。焼け野原となった店の前は「新長田駅南地区」として再開発され、八木酒店も約2年かけて今の形で再建した。
母を思ってさみしくなる瞬間もあったが、がむしゃらに働いて気持ちを紛らわせた。舌がんを患うなど体を壊したが、その度に店に復帰してきた。
再開発された新長田駅南地区には、44棟の商業ビルや高層マンションが建っている。今月17日で阪神大震災から31年。以前のようなにぎわいは戻っていない。
それでも八木酒店には今も、一栄さんがいた頃からのなじみ客が自分の子どもや知人を連れて来てくれる。「寒なったなあ」「そうやなあ」。宏道さんはテレビを見ながら、客とたわいもない会話を交わす。
「おふくろがやっていた時代からの客とは、ずっと縁が続いているようでうれしい。居心地が良さそうにしているお客さんを見るのがやりがいかな」
店を再建した時のローンはまだ残る。「ローンを返すまでは死なれへんわ」。宏道さんは明るく笑った。
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