「事実伝え続けて」 今治空襲から81年、非戦誓う 愛媛

2026/08/06 14:42 

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 1945年の空襲から81年となった6日、愛媛県今治市で犠牲者を悼み、世界平和を祈る催しがあった。参加者らは「今治市戦災の碑」に花を手向け、平和の鐘を鳴らして非戦を誓った。

 マリアナ諸島・テニアン島から飛び立った米爆撃機B29の編隊は45年8月6日午前0時過ぎに今治市中心部を焼夷(しょうい)弾で爆撃。計3回あった同年の空襲で575人以上の命が奪われた。テニアン島の別の飛行場以上からは原子爆弾を載せたB29が広島に向かった。

 今治市内では毎年8月6日に追悼式典を開催。戦災資料の展示や小学生代表の平和作文の朗読などをしてきたが、今回から献花などだけに行事の規模を縮小した。主催団体の一つ、今治市の戦災を記録する会の新居田大作会長(91)は「今日の平和に至る道のりがどのように厳しかったかを伝える使命は残っている」と話し、これまで4冊を発行した戦災記録文集の総括版を年内にも発行する。

 この日参列した同市の田窪枝三子(たくぼえみこ)さん(78)は中学、高校時代を広島県で過ごしたといい、「8月6日はひときわ特別な日。追悼の思いを絶やすことなく、小中学生にも事実を伝え続けてほしい」と願いを込めた。【松倉展人】

毎日新聞

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