吉田義男さん死去 91歳 阪神元監督、1985年に悲願の日本一

2025/02/04 17:48 

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 プロ野球・阪神で内野手として活躍し、監督では1985年に悲願の日本一を果たした吉田義男(よしだ・よしお)さんが3日、脳梗塞(こうそく)のため死去した。91歳だった。阪神球団が4日に発表した。

 33年生まれ、京都市出身。山城高から立命館大に進学。中退して53年に阪神入りした。小柄な体格ながら、華麗な遊撃の守りから「牛若丸」と呼ばれた。69年に退団するまでの実働17年間で盗塁王を2度獲得、計350盗塁を記録した。ベストナインにも9度選ばれるなど、俊足巧打の中心選手としてチームを引っ張った。通算2007試合に出場し、1864安打、66本塁打、打率2割6分7厘の成績を残した。背番号「23」は阪神の永久欠番で、92年には野球殿堂入りしている。

 75年から阪神の監督を務めたが、結果を残せず77年に辞任した。野球評論家を経て85年から阪神の監督に復帰、同年は掛布雅之さん、ランディ・バースさん、岡田彰布さんらの強力打線で21年ぶりのセ・リーグ制覇。さらに日本シリーズでも西武を破り、2リーグ制以降では球団初となる日本一を成し遂げた。

 89年からフランス・ナショナルチームを指導した後、97年から3度目の阪神の監督となるが、下位に低迷して98年に退任した。

毎日新聞

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