選挙で波乱呼ぶ「切り抜き動画」 東欧では”あの国”が悪用か

2025/02/19 07:00 

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 「切り抜き動画」が選挙に波乱を呼ぶ。その最たる例として挙げられるのが、昨年11月の兵庫県知事選の結果だ。同じころ、冷戦期にソ連の影響下にあった東欧ルーマニアでも、大統領選を巡り衝撃が走った。泡沫(ほうまつ)とされていた極右候補が首位に躍り出たからだ。動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」を使い、短期間で飛躍的に支持を伸ばした。

 ◇無名候補の支持率が急上昇

 「とても後悔している」。ブカレスト在住の大学生の男性(21)はこう打ち明けた。

 大統領選の第1回投票では極右候補のカリン・ジョルジェスク氏に1票を投じた。ジョルジェスク氏の動画を見て、高揚感を覚えたからだった。「ルーマニアの国際社会における地位向上といった主張はまっとうに思えた」

 しかし、その判断を悔やむことになる。

 ジョルジェスク氏は、投票1カ月前の時点で支持率1%未満だったが、テレビ出演や討論会などの発言を数十秒に編集した動画をティックトックに次々と投稿。ふたを開ければ約23%の支持を集め、首位で決選投票へ駒を進めた。

 治安当局は予想外の結果を受けて、選挙に関する報告書の機密解除に踏み切った。それによると、休眠状態だった797アカウントを含む約2万5000アカウントが投票2週間前から急に動き出したほか、計800万人のフォロワーがいる100人のインフルエンサーが投稿の拡散に協力した。インフルエンサーには謝礼が支払われていたことも判明。こうした工作には、ロシアが関与した可能性が高いとも指摘された。

 決選投票は憲法裁判所の判断で中止され、5月に選挙をやり直すことになった。

 ◇欧米に敵意抱く「陰謀論者」

 極端な愛国主義を唱えるジョルジェスク氏は、新型コロナウイルスの存在を否定するなど、「陰謀論者」としても知られている。ロシアのプーチン大統領を「愛国者」と呼び、ウクライナ支援の継続には否定的だ。ルーマニアも加盟する欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)にも懐疑的な姿勢を取る。

 黒海沿岸に位置するルーマニアは2004年にNATO、07年にEUに加盟し、16年には米軍の防空システムが配備された。ウクライナ危機以降は地政学上の重要度がさらに高まり、NATOは対ロシア防衛戦略の最前線として欧州最大規模の基地建設を進める。

 それだけにジョルジェスク氏のような人物が国防や外交の権限を持つ大統領の有力候補に浮上したことは、NATO加盟国にとって安全保障の根幹を揺るがしかねない事態だった。

 東方正教を重視し、性的少数者に批判的なジョルジェスク氏の言動について、ルーマニアの政治学者クリスティアン・ピルブレスク氏は「欧米に敵意を向けるようになってからのプーチン氏とそっくりだ」と指摘する。

 ◇SNS工作の意外な影響

 問題となったSNS(ネット交流サービス)での工作について、ロシアの関与を示す直接的な証拠は示されていない。ロシアも関与を否定している。

 ただ選挙が無効となったことで、SNSを使わない高齢者の間でもジョルジェスク氏の知名度が高まり、判官びいきを招いた。

 ブカレストから北に約80キロの地方都市タルゴビシュテで、無職のイオン・ポペスクさん(75)はまくしたてた。「政府はジョルジェスク氏を引きずり降ろしたいのだろう。EUに加盟しても、政府が潤うだけで恩恵がない。もしやり直し選挙に出るなら彼に投票する」

 欧州のニュースサイト「ユーラクティブ」などによると、昨年12月以降の複数の世論調査で、ジョルジェスク氏は首位を走る。

 インターネットでの人権保護などに取り組むNGO「ApTI」(ブカレスト)のボグダン・マノレア氏は「SNSが触媒となり、貧困や政府の腐敗など、さまざまな理由で不満を持つ人々の間に火を付けた」と指摘する。政治学者のピルブレスク氏はこう話した。「世論は分断された。これは実験だった。そして成功した」【ブカレストなどで岡大介】

毎日新聞

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