山梨学院「鬼の部長」が名将の言葉で気づいたこと センバツ
第97回選抜高校野球大会で2年ぶりの優勝を目指す山梨学院野球部長の吉田健人さん(28)は、「強制」を重視していた指導方針をこの冬、大きく転換した。父洸二監督が率いるチームの育成を担い、厳しい練習を重ねて甲子園の常連になった同校。勝利至上主義から抜け出せずにいた時、忘れかけていたことに気づかせてくれたのは名将の言葉だった。
◇「はい」で終わらない聞き方
「何であんなにホームベースに寄って立ってたの」
3月上旬、健人さんは同校グラウンドであった練習試合で、凡退した選手を呼び止めた。選手が意図を説明すると「投手の力量やカウントで立つ位置を変えてもいいんじゃない」と助言した。
以前なら気になったことがあれば、間髪入れずに自身が考える「正解」を伝えていた。今は言葉をのみ込み、「一方通行にならないように『はい』で終わらない聞き方を心がけている」と話した。
◇指導者主導でチーム作り上げ
高校野球の指導者を目指して2015年に山梨学院大に進学し、洸二監督の勧めで学生コーチになった。18~21年、名門・横浜(神奈川)の部長を務めた小倉清一郎さん(80)が臨時コーチになり、守備中心の指導や対戦校の分析法をたたき込まれた。小倉さんは「一日中そばにいて聞いたことを全てノートに書き込んでいた。一番の弟子だ」と振り返った。
鬼の部長、熱血指導――。23年にセンバツで優勝した時、メディアにはそんな言葉が躍った。
生徒に守備や走塁の決まり事を徹底させ、守れなければ厳しい言葉を浴びせた。
四球や失策といったミスで崩れないように、練習から試合以上の緊張感を求めた。
対戦校が決まれば相手の傾向をつぶさに調べて対策を練り、指導者主導でチームを作り上げた。
3年生が引退して新チームになる秋や春に異様な強さを見せた。19年以降の7年間、センバツ出場を逃したのは21年のみ。昨秋まで19試合連続無失策を記録し、鍛え上げた堅守が際立った。
だが、勢いは1年を通して続かず夏の甲子園からは23、24年と2年連続で遠ざかっていた。気がかりだったが、「結果が出ていて、振り返る時間もなかった」と走り続けた。
◇勝利へのこだわり、生まれた葛藤
緊張の糸が切れたのは昨秋の関東大会。3年連続で決勝に進出していたが、準々決勝で四球や失策が失点に絡んで敗れた。
センバツに出場できるか微妙な状況になった。一度立ち止まると先が見えなくなった。「厳しく練習するのが嫌になる時もあった。勝敗を追っていくと切りがない」
24年11~12月、日本高校野球連盟の「甲子園塾」に参加した。指導歴10年未満の若手指導者を対象にした研修会で、体罰や暴言によらない適切な指導方法を学ぶ。関東大会の前に募集を見て「視野が広がるのではないか」と手を挙げていた。
◇2人の名将が語ったこと
塾長の正木陽・元高知商監督や、小倉全由・元日大三監督らが講師を務め、大阪市内などで座学や実技の指導を受けた。「甲子園で2回優勝したことよりも、生徒と毎日野球ができたことが幸せだった」。小倉さんの言葉にハッとした。これまで一度も考えたことがなかった。
正木さんには「負けは間違いではないぞ」と言われた。私学の充実した練習環境に身を置き、高校野球が部活動であることを忘れかけていた。「生徒が充実した3年間を過ごせれば、必ずしも失敗じゃない」。塾長らの言葉を聞き、答えが見つかったような気がした。
◇「内側の成功」を求め
学校に戻って洸二監督と話し合い、生徒の主体性を生かす指導方針に転換した。洸二監督は「試合に勝つ『外側の成功』だけでなく、生徒の成長といった『内側の成功』に目を向けられるようになった」と息子の変化に目を細める。
厳しい練習をしながらも、生徒同士で教え合える環境を目指した。冬は実力でメンバーを分けず、全員同じメニューに取り組んだ。練習に活気が生まれ、梅村団主将(3年)は「以前は健人さんに付いていけばいいという雰囲気だったが、気づいたことはすぐに声を出すようになった。新しいチームの伝統をつくりたい」と目を輝かせる。
諦めかけていたセンバツ出場が決まり、「鬼」が顔をのぞかせる時もある。だが、勝敗だけにこだわっていた頃とは違う。「正直、遠回りで物足りなさも感じる。でも、生徒が充実して試合にも勝つのが一番良いですから」【野田樹】
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