エレベーター事故19年 安全誓う慰霊碑、少年の言葉刻む 東京
16歳の少年は教師になって野球を教える夢を持ち、毎日を懸命に生きていた。それがあの日、突然命を奪われた。
東京都の港区役所で23日、19年前にシンドラーエレベータ社製のエレベーターに挟まれる事故で亡くなった市川大輔(ひろすけ)さん(当時16歳)を追悼する「安全の碑」が除幕された。石碑の正面には、亡くなる1週間前に大輔さんが野球日誌につづった言葉が刻まれている。
<与えられた時間は、みな同じなのだから、その時間をいかに有意義に使うかだと思う。限られた一日という時間を、他人に優しく、自分に厳しくできるように、その一日が有意義であるように過ごして行きたい>
都立小山台高2年生だった2006年6月3日夜、大輔さんは野球部の練習から帰宅し、自宅マンションの12階でエレベーターを降りようとした。その時、扉が開いたまま急上昇したかごの床と乗降口に挟まれ、命を落とした。
高校では、幼いころから続けてきた野球に打ち込んでいた。派手なタイプではないが、守備を磨いて2年生で唯一のレギュラーに選ばれた。母親の正子さん(73)には、日ごろから「教師になって、子どもたちに野球を教えることが夢」と語っていた。
しかし、夢はかなわなかった。事故後、刑事と民事の裁判を通じて正子さんが実感したのは、エレベーターの保守・点検情報が製造会社と保守管理会社で共有されていないことなど、業界の安全軽視の姿勢だった。
「助けられなかった悔いの中で今も歩いている。一生消えることはない」。悲しみを抱えながらも、二度と同じような事故が起きないようにと、全国各地で講演を重ね、エレベーターの製造会社への訪問も続ける。
港区は事故が区立住宅で起きたことを省みて、大輔さんの命日を「港区安全の日」に制定。正子さんの「懸命に生きていた息子の息づかいを込めたい」との願いから、慰霊碑に大輔さんの言葉を刻んだ。
エレベーター事故は今も絶えない。今年2月にも、神戸市の商業ビルで男性が死亡する事故が起きた。「安全の碑は終点ではなく、事故を忘れずに伝えていくスタート。失った息子の命をエレベーターの安全対策にいかすことが、息子が私に残した宿題だと思っている」
23日の除幕式には、小山台高野球部の保護者らでつくる「赤とんぼの会」のメンバーや大輔さんの先輩らが足を運び、祈りをささげた。港区役所からは、大輔さんが遊んだ公園や母校の小・中学校が見える。
「息子の願いが一番届く場所に建立してもらえた」。正子さんはそう言い、大輔さんの言葉が刻まれた碑を見つめた。【木下翔太郎】
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